そして、今日ここから聞いていただく原子力発電所の事故というようなものが起きた時に、一番重要な放射性物質、放射能はセシウム137というものですが、それはガンマ線という放射線を出します。そしてエネルギーは66万1000エレクトロンボルト。もうこんなになってしまえば、遺伝情報を書き込んでいるエネルギーの数十万倍といいうようなエネルギーが体に飛び込んできて破壊していくということになります。
ですから、体温の上昇としてはたった1000分の何℃というようなものでしかないにも関わらず、人間は生きられないということです。
今聞いていただいたのは、人間が死んでしまうというようなかなり大量の被曝をしたときのことを聞いていただいたのですね。では、人間が死ななければいいのかというと実はそうではないのですね。放射線というものは、今聞いていただいたように膨大なエネルギーを持っている限り、死ななかったとしても私なら私の身体の細胞に傷を受けるということ自身は必ず起こるということなのです。さっきの大内さんのように死にはしなかった。それでも体に傷がついているということだけは避けられないのです。それがやがて癌や白血病のように病気として表れてくるということは、広島や長崎の被爆者の人たちが長い年月をかけて証明してくれてきた。たいへん悲惨な経験をしながら証明してきてくれたことなのです。現在そういう被爆者の方を調べたり、生物学的な実験をしたりして、低い被曝というのがどういう影響を及ぼすかということを調べている研究者、団体は世界中にたくさんあります。米国にもあります。米国の科学アカデミーの中に、BEIR委員会というのがあります。『Biological Effects of Ionizing Radiation』というのですが、放射線の生物影響を調べる専門の委員会です。その委員会が2005年に7番目の報告を出しました。その報告書の中にこう書いてある。
「利用できる生物学的、生物物理学的なデータを総合的に検討した結果、委員会は以下の結論に達した。被曝のリスクは低線量にいたるまで直線的に存在し続け、しきい値は無い。」
(小出氏)では、その原子力発電で一体何をやっているんでしょうか。
非常に単純です。お湯を沸かすということです。
皆さんもお湯を沸かすと思いますし、私もお湯を沸かします。私はやかんに水を入れて、ガスコンロにかけてお湯を沸かすというのが普通です。私が使っているやかんは、口のところに笛が付いていて、水が沸騰して蒸気が出てくるとその笛がピーッと鳴るんですね。そうすると「あ、お湯が沸いたな」と思ってコンロの火を消しに行くと、そういうことをやっています。
原子力発電も火力発電も、やっていることはそれと同じです。左の下に火力発電の模式図が書いてありますが、火力発電というのは配管の中に水を流します。そこで石炭・石油・天然ガスを燃やして、配管の中の水を温めます。水が沸騰して蒸気になって吹き出してくる。その蒸気でやかんの口についている笛を回すのではなくて、タービンという羽根車を回す。それに繋がっている発電機で電気を起こすというのが火力発電所です。
原子力発電所は上に書いてあります。真ん中に丸い形のものが書いてありますが、これは原子炉圧力容器と私たちが呼ぶ、鋼鉄製の圧力釜です。その圧力釜の中にウランが入れてありまして、ここで核分裂を起こさせると熱が出る。その熱で水を沸騰させて蒸気が噴き出してくる。あとはタービンを回して発電すると、これだけです。
単にお湯を沸かすということしかやっていないんです。200年前に産業革命が起こってジェームスワットという人たちが起こした産業革命、つまり蒸気機関というのを発明したということなんですが、その非常に古めかしいことをやってるにすぎないと、そういうものなのです。
でもなぜか原子力発電だけは都会にも建てられない。ニューヨークにも建てられない。東京にも建てられない。その理由は非常に単純で、ここ(原子炉圧力容器)で燃やしているのがウランだからです。ウランを燃やして核分裂させれば、核分裂生成物という放射能がどうしてもできてしまう。それが避けられないから原子力発電所は都会に建てられないということになりました。
「どうしてもできてしまう」と私は今言いましたけれども、その「どうしてもできてしまう」という量が半端な量ではありません。
今この白い画面を見ていただいていますが、この左の下に私が今から小さな四角を書きます。後ろの方の方は見えないかもしれません。書きます。
これです。
見えたでしょうか?
もう一度書きます。
これです。
これは何を私が書いたかというと、広島の原爆が爆発して燃えた時に燃えたウランの重量です。800g。皆さんが片手で持てる、それくらいのウランが燃えたときに、広島の町は壊滅してしまった。10万人もの人が一瞬のうちに殺され、10万人を越えるような人たちが被爆者として生きなければいけないということになった。
それがこれだけ。
では、私たちが電気がほしいといって動かしている原子力発電所、今日では100万kWというのが標準になっていますが、その原子力発電所が1年間運転するとどれだけのウランを燃やすかというと、これだけです。
1トン。
広島の原爆で使われたものと裕に1000倍は超えるウラン、放射能を1年ごとに生み出さなければ、原子力発電所というものは成り立たない。それほどのものなのです。このことは、他の国々が原子力をやろうとすれば、大量にウランが必要になってしまうということを示しているわけで、さきほど聞いていただいたように、こんなにたくさんウランを使うと、ウランはすぐに無くなってしまうということに随分昔から気が付いていて、米国なんかはさっさと撤退をしてしている、そういうのがここにも表れていると思います。
でも、何よりもこんなに膨大な放射能を作るということは恐ろしいことなわけで、原子力を進めてきた人たちが一体何をしたかというと、これも非常に単純なことをやりました。
『原子力発電所や核燃料施設は 都会には作らない』
ということにした。
そのためにたくさんの仕掛けを彼らは用意しました。法律をたくさん作った。重要な法律は原子炉立地審査指針というものです。これは、
「原子力発電所は国がちゃんと安全審査をして認めるんだから安全だ」
と国が言い続けてきた。その安全の根拠とする指針なんですが、その指針にはこう書いてある。
『1.原子炉の周囲は、原子炉からある距離の範囲内は非居住区域であること。』
もともと人が住んではいけない。次。
『2.原子炉からある距離の範囲内であって、非居住区域外の外側の地帯は、低人口地帯であること。』
さらに念を押して、
『原子炉敷地は、人口密集地帯からある距離だけ離れていること』
としたんですね。
「原子力発電所だけは都会に建ててはいけない。人が住んでいないところに建てろ」
ということを始めから法律で決めて日本はやってきたということになりました。
実際どんなところに建てたのかという歴史を今からここに書いていこうと思います。今順番に書いていますね。今回事故を起こした福島第一原子力発電所です。関西には若狭湾沿いに連立させています。ここが浜岡ですね。ここが伊方。今建てたのは福島第二です。女川、九州の川内、これは東京電力の柏崎刈羽、北海道には泊ありますし、能登半島には志賀、そして東北電力は東通村というところに原子力発電所を作っています。
日本で一番電気を使っているところは言うまでもないですけれども、東京です。東京湾は素通りしました。名古屋は伊勢湾を素通り、大阪は大阪湾を素通り。みんな過疎に建てて長い送電線を敷いて、都会に電気を送るということをやってきたのです。
そして、今ここに青い点を打ちましたが、これは青森六ケ所村です。原子力発電所が1年間かけて環境に放出する放射能を1日ごとに放出してしまうといわれるほどの・・・途方もない危険を抱えた工場が六ヶ所村に作るということにしました。そして、この事故が起きるまでは、まだまだ原子力発電所を新しい場所に作るというようなことを日本の国は言っていて、一つは大間という下北半島最北端。もう一つは瀬戸内海にある上関というところに建てる。こんな計画で日本に国は原子力をやってきたのです。
今回の事故を起こした東京電力ですが、皆さん十分ご承知でしょうけども東京電力は東京に電力を送る、関東地方の各市町村、都県に電気を送るというのが東京電力の仕事です。そして一番たくさん電気を使うのがもちろん東京湾の割と沿岸なのですから、東京湾には火力発電所が連立しています。皆さん飛行機で東京に降りられると思いますけれども、見ていれば面白いように東京湾には火力発電所がザーッと並んでいるのが、すごいわかっていただけると思います。火力発電所は東京湾に立地させました。それが一番いいんです。消費地に隣接して発電所を建てる。送電コストも何もなくていけるわけですから、実に合理的にやったのですね。
では、東京電力の原子力発電所はどこにあるかといえば、事故を起こした福島第一、福島第二、これは東京電力に何の関係もないところにあるんです。数年前に中越沖地震というのに襲われた柏崎刈羽、これも東京電力とは何の関係もないところに原子力発電所を建てて、ながーい送電線を敷いて、東京に電力を送るということをやりました。
そして東京電力は、ついこの間までもう一か所建設しようとしていた場所があります。それが青森県の東通村という、先ほども見ていただいた下北半島最北端というところに東京電力が原子力発電所を建てるという・・・東北地方を縦断して、ながーい送電線で東京まで電気を送るということをやろうとしていたのです。
まことに許しがたいことだと私は思います。
東京が電気が欲しいというなら、東京に作れと。他人のところに作っておいて、電気だけ取ろうなんていう、そのことだけでも私は間違っているというふうに思います。
そしてついに、事故が起きてしまったのです。
これはもう皆さん、何度も何度もご覧になった写真だと思いますが、真ん中の下から上に伸びているのが、これがタービン建屋です。この建屋の中にタービンと発電機が並んでいます。その左隣に並んでいまるのが原子炉建屋です。1号機の原子炉建屋は、爆発して吹き飛んでしまったので、ボロボロになってしまいました。2号機の原子炉建屋は、まだこの写真では建物の形は残っているように見えますが、この原子炉こそが内部で最大の破壊が起きていて、環境へ放射能をまき散らした主犯格であると日本の政府が言っているわけです。3号機、これはもう骨組みすらないといったくらいに爆発をして壊れてしまっている。4号機、これも爆発で建屋が吹き飛んでいますが、まだ骨組みが残っているように見えます。しかし、この建屋の爆発は、後でご説明しますが、非常に変わった爆発の仕方をしていて、原子炉は運転を停止しました。制御棒を入れてウランの核分裂反応を止めて、とにかくもう運転はしないという状態にした。つまり地震が起きた時、もう自分で発電できなくなった。そういう時にはどうするかというと、
「発電所の外から送電線が敷いてあって、外から電気をもらえば発電所で使う電気がまかなえるから大丈夫だ」
と言っていたんですが、その送電線自身が地震で倒壊してしまって、外から電気が来なくなった。そのために
「発電所の敷地の中には、非常用ディーゼル発電機というのがたくさん用意しているから大丈夫だ」
というのが東京電力と国の主張だったのですが、それらの非常用ディーゼル発電機が津波によってやられてしまった。そうなると、自分は発電できない。外からの電気ももらえない。非常用の発電機も動かない。一切電気が絶たれてしまうということになりました。
これは発電所の中央制御室です。
原子力発電所というのは、放射能を扱う場所ですので、基本的には建物に窓がありません。電気が無くなったら真っ暗闇です。ただし、真っ暗なだけではないんです。この部屋にはもう既に放射能が充満しているのですね。電気が無い中、こういう中で作業員の方達は、なんとか事故を収束させようとして苦闘しました。この後ろの方にも、ちょっと作業員が写っていますが、こんな姿です。
しきい値というのは、これ以下ならば安全だという値がしきい値だという、しかし放射線の被曝に関する限りそんなものはない、どんなに低い被曝であっても必ず危険が伴うということが判ってきたことなんです。
なんとか人間が被曝を避けるような道というのを探らなければいけなかったと私は思いますが、残念ながら人間は原子力というものに手を染めてしまいということになりました。もちろんそれは原爆という形で姿を現して、たくさんの人を苦しめるということになりましたし、または原子力発電というものを世界中でやってしまっているということになっています。
一体なんで原子力なんかに手を染めたのか。
今から日本の新聞の記事を一つご紹介しようと思います。「これからの未来は原子力だぞ」と皆が思っていた頃の新聞記事です。
『さて、原子力を潜在電力として考えると、まったくとてつもないものである。しかも石炭などの資源が今後地球上から次第に少なくなっていくことを思えば、このエネルギーのもつ威力は人類生存に不可欠なものと言ってよいだろう』
ということです。
実は私自身もこれを信じたのです。
「化石燃料が無くなっちゃう。人類の豊かな生活を支えるためには未来は原子力にすがるしかない」
と思いこんで私は原子力という場に足を踏み入みました。恐らくこの会場にいらっしゃる皆さんも、かなりこの主張を信じていらっしゃる方がいるのではないかと。「化石燃料がなくなっちゃう。だから未来は原子力」という説ですね。
でも、これが全くウソだったのです。
この地球上にあるウランというのはかなり希少な資源で、どんなにそれを使おうとしたって、ウランというのは石炭に比べたら数十分の1、石油に比べても数分の1しかないという大変貧弱な資源でした。結局原子力が未来のエネルギーになるなんてことはもともと無かったのです。実に馬鹿げたことに夢をかけてしまったと思います。今日はそのお話はゆっくり聞いていただく時間はありませんので飛ばします。
この新聞記事は後半があります。後半を見ていただきます。
『電気料は2000分の1になる。』
<会場苦笑>
(小出氏)当時は、原子力といったら値段もつけられないくらい安い電気になると言われていたんです。皆がそんな期待をしていました。
さらに、続きます。
『原子力発電には火力発電のように大工場を必要としない。大煙突も貯炭場もいらない。また毎日石炭を運び込み、焚きがらを捨てるための鉄道もトラックもいらない。密閉式のガスタービンが利用できれば、ボイラーの水すらいらないのである。もちろん山間へき地を選ぶこともない。ビルディングの地下室が発電所ということになる』
<会場苦笑>
(小出氏)こんな期待があった。もし、それが本当ならこの教会の地下室に原子力発電所を作ったっていいはずですが、原子力発電所は火力発電所に比べて小さくなるという道理もなかったし、巨大な煙突を立てて放射能を外に捨てなければ運転できないというようなものでもありました。都会には絶対に建てない。山間部の村に押し付けるということしかできなかったのです。
この原子力を牽引してきたのは、もちろん米国です。原爆を米国が始めたし、原子力発電も米国が始めました。米国の歴史はこのようになっています。
文字が化けてしまっています。私のパソコンとそこで使わせていただいているパソコンの中身が違うせいかもしれませんが、口で説明します。
この青いところは、運転中の原子力発電所です。
この白いところは、建設中です。
黄色いところが、計画中です。
1960年代に私も原子力に夢を持って、原子力の場に足を踏み込んだのですが、その頃はまだまだ米国では原子力の夢に酔っていた時代でした。猛烈な勢いで運転開始、建設中もどんどんうなぎ上りに上がっていった。計画中もどんどんうなぎ上りに上がっていったという時期が60年代から70年代初めに米国でもありました。
しかし、流石に米国という国は気が付くのが早い。
真っ先に始めたけれども、ダメだということに気が付いたのがものすごく早い時代に気が付いたのです。判っていただけると思いますけれども、青い運転中、白い建設中、黄色い計画中、その三つを合わせた合計数が一番多いのは、1974年です。それを過ぎたら米国では計画中の原発は全てキャンセルされました。建設中の原発も90%を越えて出来上がっていたものすらキャンセルされた、そういう時代にすでに74年から入っていたのです。この1年前に???ますが米国のスリーマイルアイランドにあった原子力発電所の事故が1979年に起こりました。しかし米国はこの事故を経験するもっともっとずっと前から、もう原子力に見切りをつけていた。
そして次に書いてあるこの↓ですが、これは1986年に起きた旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所の事故ですけれども、もうその頃には米国は原子力の息の根は、もうもともと止まっていた。もう次々とキャンセルされていって、今ようやく100基を使っている、そういう状態です。
これは次々と私は廃炉になっていくだろうし、新しい計画は多分立ち上がらないと思っていたんですが、ブッシュという大統領が何年か前に、原子力発電所を新しく作る」と言ってくれた、国家が膨大な資金支援をするという法案を通してしまったがために、いくつかの電力会社が手を挙げかけました。挙げかけましたけれども、多分これは全部潰れるだろうと思います。結局、米国はこのまま原子力は衰退するということになるはずです。
では日本はどうかというと、こういう形になります。
ずーっと増えてきてしまいました。本当に懲りない国です。
<会場一部苦笑>
(小出氏)教えてくれた米国がとうの昔に撤退してるのに、まだまだ原子力にしがみついてきたという歴史を辿ってきました。それでも1990年からはほとんど増えていないです。日本でも。
そして明後日(5月5日)になると、北海道電力の泊原子力発電所というのが運転停止して、日本の原子力発電所が全て止まるという日が明後日来ます。
<会場拍手>
(小出氏)私はこれまでなるべく電気を使わないように心がけてきましたけれども、
それでも全然電気を使わないということはできない。自分の使っている電気が、なにがしかの原子力から来てると思うだけで、????でした。でも、明後日からは原子力の電気を使わない日本が来るわけで、なんとしてもそのまま原子力を再稼働させないということをやりたいと思っています。
しかし、日本の政府は逆になんとしても再稼働しようとして、いま着々とレールを敷いている、そういう状態になっています。
もともと日本の原子力は今も聞いていただいたように米国から輸入したんですけれども、どんなだったかというとこうなっていました。
米国のWestingHouse、ご存じだろうと思いますが巨大電機メーカー。それは潜水艦に使う原子力がありまして、それを発電用に転用することになります。一方ではGeneral Electricというやはり米国の大企業ですね。それが原子力発電所を作るということになる。WestingHouseは加圧水型原子炉、General Electric社は沸騰水型原子炉といって、日本で加圧水型は三菱が下請けた。沸騰水型は東芝と日立が下請けをしたという、そういう体制を作りました。
事故を起こした福島の原子力発電所は、もともとはGeneral Electricが作った原子力発電所です。1号機はまさに全部がGEでした。2号機はGEと東芝、3号機はGEと日立だったと思いますけれども、そうやって作った原子炉が全て潰れてしまったということになりました。
そして、この構図はちょっと脱線しますが、今少し変わろうとしています。どう変わろうとしているかというと、世界の市場はWestingHouseの作ったPWRのほうが優勢なんです。GEが作った沸騰水型は劣勢。そして日本では三菱、東芝、日立というそれぞれ巨大な企業が米国のWestingHouse、GEの下請けに入ってやってきたわけですが、沸騰水型は劣勢なんです。そうすると日本の企業がこれから生き延びようとするなら、やはり加圧水型をやりたいと思ったんですね。そしてこの東芝が奇策に出ました。自分たちはGEの下請けで沸騰水型をやってきたんですけれども、このままでは生き延びられないということで奇策に出た。何をやったかというと、WestingHouseを丸ごと買収した。そうすると、三菱が下請けにいたんですけれども、東芝が丸ごとWestingHouseを飲み込んでしまいましたので、三菱はもう出る幕が無くなったので追い出されてしまった。
そして東芝が入ってきたということになります。三菱はどうしたかというと、仕方がないのでヨーロッパのAREBAという会社、ドイツとフランスの合弁企業ですけれども、それがヨーロッパの加圧水型というのを作っているんですが、そこの下請けに入ったという、このような一大転換というか、世界の原子力産業の転換がつい数年前に起こっています。なんかみんな金儲けで原子力を通してまだまだ金を儲けたいという人たちがいるし、いずれにしてもWesitingHouse、General Electric社の力を借りなければ今の原子力は成り立たないと、そういう状態になっているのです。
だからこそ、今東芝の奇策が出ざるを得なかったという現状です。