津波てんでんこ
~被災地からのメッセージ~ 岩手日報
津波に首まで漬かり命からがら助かった人がいます。今後の生活に不安いっぱいだけど、避難所の仲間を励まし続ける人がいます。一人一人の震災体験、生活再建の歩みを共有し、語り継ぎたい。被災地の方々のメッセージを紹介します。
「てんでんこ」の意味 人にかまわず逃げろ
本紙掲載の「津波てんでんこ」のタイトルカットは、大船渡市三陸町綾里の津波災害史研究者山下文男さん(87)が揮毫(きごう)しました。「てんでんこ」は「てんでんばらばらに」の意味で、「人にかまわず必死で逃げろ」と、山下さんが訴え続けてきた言葉です。揮毫に当たり、今回の津波で自らも被災した山下さんは「津波対策はハード、ソフト両面あるが、特にソフト面が非常に大切なことが証明された。各家庭で津波の時にどうするか、考え続けてほしい。それが集まることで真の対策となる」と思いを込めています。
▼11月10日
一人一人の協力大切
山田町豊間根 佐々木優真君(豊間根中2年)
3月11日、学校で激しい揺れに襲われた。豊間根地区は高台にあって大丈夫だったが、町の中心部は一面が更地になり、すごくショックを受けた。野球部に所属しておりポジションはセカンド。一番の楽しみはチームで協力して試合に勝つことだ。それと同じように、町の復興にも一人一人が力を合わせることが大切だと思う。
元気もらった「集い」
陸前高田市横田町 菅野ミナ子さん(78)
「川の駅よこた」で8日開かれた「かんしゃの集い」で横田中の若竹太鼓の演奏を聞いた。今年は運動会や産業まつりなどのイベントがなかったので、集いのにぎわいがうれしく、とても元気をもらった。津波で親族を亡くした。嫌な思いばかりだったが、中学生の元気な演奏に感動し、絶対に立ち上がれると感じた。復興につながっていけばいい。
▼11月9日
店再開で住民の力に
釜石市鵜住居町の仮設住宅で生活 「寺前ストア」経営 佐々木輝幸さん(36)
範子さん(33)
長年店を切り盛りしてきた母が津波の犠牲になった。消防団に所属しているので、地震後すぐに水門を閉めに向かい、途中で高台を目指す母を確認したが、きっと流されてしまったんだと思う。
母は見つかったが、震災から約8カ月経過した今も行方が分からない知人がたくさんいる。
自宅も店も流され先が見えない中、しばらく花巻市内の妻の実家に避難していた。花巻で生活する選択もあったとは思うが、現実から逃げるような気がして戻ってきた。今できることをやらないと、街からどんどん人がいなくなってしまうと思い悩んだ末、仮設商店街で店を再開した。
母が経営していた時と同じく地元産の野菜や総菜、日用雑貨などを扱っている。少しでも周辺の仮設住宅で暮らす住民の力になりたい。お客さんあっての店。仮設住宅の入居期限である2年間は頑張って続けるつもりだ。
▼11月8日
歌い集い安らぐ店に
陸前高田市高田町 カラオケ店経営 紺野 洋子さん(69)
自宅の倉庫を改装し、津波で流されたカラオケ店を再開した。年齢を考え、店を出すかどうか迷ったが、常連客の後押しする声に応えたかった。元気に歌っている姿を見ると、とてもうれしくなる。
常連客は分かっているだけで15人ほど亡くなった。多くの人を亡くした悲しみに加え、震災で楽しみをなくした人も多いと思う。店に来れば誰かに会えると楽しみにしてもらえるような安らぎの場所にしていきたい。
3月11日は店にいた。食器が落ち、電気も止まり、仕事にならないと思って自宅に逃げた。消防車のサイレンがすごかったことを覚えているが、ここまで大きい被害になるとは考えていなかった。
避難中は焦ったこともあり、ラジオなど情報を聞く余裕はなかった。震災を教訓に、家族で逃げる場所を決めた。大きな地震が起きれば、それぞれが直ちに逃げることにしている。