操業危機、支援なし 計画的避難区域の事業所 退職、風評で休業増 | clapton481のブログ

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操業危機、支援なし 計画的避難区域の事業所 退職、風評で休業増
 飯舘村と川俣町山木屋地区の計画的避難区域内で操業を続ける事業所は厳しい状況に直面している。東京電力福島第一原発事故で従業員が退職したり、風評被害で受注が伸び悩み休業に追い込まれるケースもある。しかし、国や県は区域内操業への直接的支援を講じておらず、除染への補助など対策強化を求める声も上がる。
 「ここまで頑張ってきた。残念としか言いようがない」。飯舘村にあるフレボー東洋の佐藤栄一社長(64)は無念の表情で語る。
 婦人用スカートの縫製を手掛ける同社は計画的避難区域になって以降も操業を続けてきたが、10月末に休業を余儀なくされた。
 従業員18人の大半は女性で、夫の勤務先の福島、伊達、南相馬、相馬各市などに避難している。避難先から職場に通う不便さなどから多くが退職した。冬道を長距離通勤することへの不安や、「高齢の父母を(避難先の)家に残しておけない」などの理由で辞めたケースもあるという。
 佐藤社長は東京都出身で、妻の実家がある飯舘村に移り昭和51年に会社を興した。長く中国人研修生を採用していたが、「初心に帰って地元の人だけの会社にしたい」と数年がかりで雇用形態を改め、間もなく終えようとしていた時に原発事故が起きた。
 「計画的避難区域が解除されても、工場を再開できるかどうか分からない」と、先を見通せないいら立ちも口にする。
 電子機器のトモト電子工業飯舘工場は7月に操業を休止した。放射能に対する不安だけでなく、子どもを避難先の学校に送迎しなければならないなどの家庭の事情から退職者が相次ぎ、15人いた従業員が半減したためだ。休業に伴い、残った従業員は福島市の本社に移っている。
 川俣町にある縫製加工業のフクシマ・フロンティア・ヒグチは5月に山木屋地区内の第2工場の操業を断念した。震災で一部損壊した建物の修復は終えている。しかし、稼働しようとしても、原発事故の風評被害を懸念する声が取引先に消えず、操業再開に踏み切れない。春日賢副社長(69)は「例年と比べて秋、冬物の動きが鈍い。景気だけでなく風評被害も影響しているのでは」と懸念する。
 従業員9人のうち、郡山市などに避難した2人を除く7人は区域外の小神地区にある本社工場で働いている。工場再開については「区域解除後、従業員が山木屋に戻ったり、取引先の理解を得たりするなどの条件が整わない限り難しい」との見方を示し、国など関係機関に除染や風評被害対策の強化を求める。
 「雇用を維持していれば、解除後の住民帰還にも好影響を与える」。県商工労働部の担当者は区域内操業の意義を指摘する。それにもかかわらず、国や県に区域内事業所への特化した支援制度がないのは、東日本大震災や原発事故の影響が県内全域の事業所に及び、地域を限定した施策まで手が回らないためという。今後の支援策について県は「検討課題」とするにとどまっている。
 「二年後の住民帰還」を見据える飯舘村は、雇用の場を存続させるため、事業所が取り組む除染作業を独自に補助する。村産業振興課の担当者は「安全な環境で事業を継続できるよう可能な限りサポートする」と力を込め、国が主体的に除染を実施するよう引き続き求める考えを示す。
 川俣町は今後、事業所の意向を聞きながら、必要な施策を国に要請する方針。
(2011/11/05 08:43)
福島民報

この事態は容易に予見出来たはずだ。義捐金も使えないのか、と思うとこの国の冷たさが改めて身にしみる。
この国では1回でもつまずくと終わりなんだ。