津波てんでんこ
~被災地からのメッセージ~
津波に首まで漬かり命からがら助かった人がいます。今後の生活に不安いっぱいだけど、避難所の仲間を励まし続ける人がいます。一人一人の震災体験、生活再建の歩みを共有し、語り継ぎたい。被災地の方々のメッセージを紹介します。
「てんでんこ」の意味 人にかまわず逃げろ
本紙掲載の「津波てんでんこ」のタイトルカットは、大船渡市三陸町綾里の津波災害史研究者山下文男さん(87)が揮毫(きごう)しました。「てんでんこ」は「てんでんばらばらに」の意味で、「人にかまわず必死で逃げろ」と、山下さんが訴え続けてきた言葉です。揮毫に当たり、今回の津波で自らも被災した山下さんは「津波対策はハード、ソフト両面あるが、特にソフト面が非常に大切なことが証明された。各家庭で津波の時にどうするか、考え続けてほしい。それが集まることで真の対策となる」と思いを込めています。
▼11月4日
各地の芸能継続願う
大船渡市日頃市町 石橋鎧剣舞保存会
日頃市中の文化祭で郷土芸能発表があり、石橋鎧剣舞の保存会メンバーも参加した。生徒5人、保存会5人の10人で舞を披露した。
3年生3人は最後の文化祭。互野紗也加さんは「大きく踊った」と振り返り、新沼拓朗君は「今までで一番上手に踊れた」と笑顔。父武三さんと「共演」した佐藤将一君は「お父さんの後を継いで高校でも踊りたい」と先を見据えた。
山間部の日頃市町は直接被災はしなかったが、ずっと市内の他団体の様子を気にしてきた。被災し、支援を受けて再起を図る団体がある一方、活動休止を余儀なくされている場合もあり、鈴木昭司石橋地域公民館長は「地域が散り散りになっていたりすれば厳しいだろう」と思いやる。
石橋鎧剣舞は公民館事業として伝承されている。約30戸の集落全戸が保存会に加入し、剣舞が地域をつないできた。それだけに、他地域の芸能の復活の話を聞くとうれしい。一つでも多くの芸能の再起を願う。
浜の生活変えられぬ
大槌町赤浜の仮設住宅で生活 漁業 岩間東八郎さん(70)
漁を再開しようと7月ごろから網の準備などを進めている。アワビ漁に間に合わせたい。昔はサケ、マスなど沖に出て漁をしていたが、今はウニやアワビなど。浜で育ってきたので今さら生活は変えられないし死ぬまでやめるつもりはない。漁業もそうだが、町全体の復興が大事。活気ある街になってほしい。
▼11月3日
パン店再開に感無量
釜石市鵜住居町の仮設住宅 パン店「あんでるせん」経営 小笠原辰雄さん(59)
三智子さん(53)
鵜住居町に開店した仮設商店街で約7カ月ぶりに営業を再開した。海の近くにあった工房兼自宅は跡形もなく流失し、移動販売車で長年巡ってきたお得意さんもたくさん亡くなった。震災以降、どう暮らしているのか分からない人も多い。
再開初日は朝3時から仕込みを始めたが、開店と同時に商品が飛ぶように売れた。心配していた常連客も次々に元気な顔を見せてくれて、お互いに生きていたことを喜び合った。目の回る忙しさも久しぶりだといいもんだと感じた。
住宅にしろ店舗にしろ、先を考えると不安も多いが、みんなのおかげでこうして立ち直ることができた。一人ではとても立ちあがれなかった。
30年以上営んできたパン店。地域で店を続けるということには、意味があると思う。生き延びたみんなが一緒に元気になって復興を目指していきたい。
活気ある山田戻って
宮古市河南1丁目 県立大宮古短期大学部2年 五十嵐菜那子さん(20)
アルバイト中、立っていられないほどの揺れに襲われた。山田町の実家は浸水し、街並みも変わってしまった。家族は茨城県に引っ越し、自分だけが宮古市に残った。就職は関東方面ですることになるが、いずれは故郷に戻りたい。山田町は海の幸がおいしく温かい人が多い。早く活気ある町に戻ってほしい。
▼11月2日
花や緑、悲しみ癒やす
陸前高田市の竹駒小仮設住宅で生活 大坂 悦子さん(70)
自宅は津波で被災した。生け垣も電信柱ほどの大きな松の木も流されてしまった。
10月初めに佐賀県武雄市からのボランティアの協力で、自宅があった場所をきれいに片付けてもらった。とても感謝している。
何もしないと寂しいので、自宅があった場所に畑をつくり、道路沿いは花壇にした。作物が育ったら、協力してくれたボランティアの皆さんにも伝えたい。
10月31日は知人の村上フミ子さん(63)と花苗を植えた。チューリップ、スイセン、ビオラ。塩水をかぶった場所なので育つかどうかちょっと心配。でも草も出ているから、大丈夫だと思う。少しでも花や緑があれば、通る人にも喜んでもらえる。
毎年、クリスマスに合わせて、庭をイルミネーションで飾っていた。もう20年になる。今年はできないけれど、何年後かには復活させたい。
早期復興へ助け合い
宮古市西ケ丘3丁目 上川原桃香さん(宮古商高3年)
震災発生時は部活動中で、学校のグラウンドにいた。初めて地割れを見て驚いた。これまでスーパーでの袋詰めや側溝などの泥を取り除くボランティア作業に取り組んできた。みんなで助け合って元気になることが一番大切だと思う。地元を離れたくないので、宮古市内で就職したい。とにかく早い復興を望んでいる。
岩手日報社