ウオッチング・メディア
放射性物質に狙い撃ちされた村
飯舘村の悲劇(前篇)
2011.10.06(木)
烏賀陽 弘道
もう1つ頭が混乱したのは、村内で線量計が示す数字の高さだ。取材の手始めにと飯舘村役場に行ってみると、銀色に光る大きなデジタル式線量計が、気温湿度表示のように庁舎の前に設置されていて、まずぎょっとした。赤いデジタル数字は毎時2.90マイクロSv。それを見て一瞬「えっ!?」と戸惑う。
ちょっと車で走った。蓮の花がうつくしい池が道路脇にあった。蓮の葉の上でカエルがけろけろ鳴いている。何と平和で美しい、と写真を撮った。が、線量計を取り出したら、毎時5.18マイクロSvだ。ぎょっとして後退りした。
平和で美しい蓮池の風景。しかし放射線量は毎時5マイクロSvを超えていた。
先ほどまでいた福島市内では、ふだん線量計は0.2~0.5くらいを指している。1マイクロSvに上がろうものなら心臓がドキドキした。ケタが1つ違うのだ。
「いやいや、そんなもんじゃありませんよ」
案内役の愛澤さんは眉ひとつ動かさず、そう言った。
それぞれ線量計を持ち、まずは7月まで愛澤さんが暮らしていた実家に行った。木枠のつるべ井戸や木造の納屋が残る、大きな農家である。建物の裏は山林の斜面だった。ここなんか高そうですね、と積もった落ち葉の上に線量計を置くと、とたんに12.06マイクロSvに数字が跳ね上がった。ピーピーと音がする。心臓がばくばくする。線量計の警告音だった。
ちょっと置き場所を変えても数字は10を切らないままだ。
ケタ違いの放射線量の高さに恐怖を味わう
杉林の中へ。「ここはきっと高いですよ」とシイタケ栽培の苗木に線量計を置く。2.9。
「あれ? 意外に高くないですね」
愛澤さんが言う。
いや、十分高いと思うんだけどな。感覚が違う。
背中を一筋、冷たい汗が流れた。落葉を踏みしめている靴の裏がむずむずする。ここは住まいの裏庭ではないのか。
こんなに高くて、大丈夫なんですか?
すると愛澤さんはまた寂しそうに言うのだ。
「いやあ、ぼくらはもう、たっぷり被曝しちゃいましたからねえ」
しかし確かにこれは「ほんの序の口」だった。
除染実験中の田んぼそば=毎時3.47マイクロSv
雑草の草原になった田んぼ=同1.73
稲の土壌浄化実験中の田んぼ=同3.24
そして福島第一原発の方向、南東の村境へとプリウスは進んだ。車内なのに、線量計は2から4へと数字がじりじりと上がっていく。額から汗が流れた。
日が落ちた頃、浪江町との境界に近い「長泥」集落の十字路に着いた。まさに3月15日の放射能雲が山にあたって地面に雨と一緒に降り注いだ最初の地域である。
人家はあるが住民は避難して無人だ。あたりは暗い。街灯の下以外は墨を流したような闇が広がり、そこから無数の虫の声だけが響いている。
「ここは測定2日目で毎時95.1マイクロSvを叩き出しましたからね~」
十字路の角に放射線測定用らしい木の箱が据え付けてあった。政府が測定ポイントに定めているらしい。道路に赤いテープでX文字が描いてある。ボードに掲示された線量計の表を懐中電灯で照らす。・・・3月17日 毎時95.1マイクロSv・・・19日 59.2マイクロSv・・・本当だ・・・。
異常な数値を計測、小数点の位置を見間違えたのか?
十字路そばの民家の軒下に入った。雨樋の排水口が口を開けている。その真下の地面に線量計を置いた。
「353.6」という想像を絶する数値を示す線量計
次の瞬間、私は息が止まるかと思った。線量計のデジタル数字が一瞬、瞬くように見えなくなったかと思うと「9.99」を指して止まってしまった。つまりメーターが振り切れたのだ。
「それじゃダメですね~」
愛澤さんがロシア製の線量計を置くと、またピーピーと警告音が鳴った。本当にイヤな音だ。
353.6?
はい?
私は自分の目を疑った。そろそろ老眼が来て、小数点の位置を見間違えたのだと思った。しかし、間違いではなかった。線量計は確かに毎時353.6マイクロSvを示している。
353.6マイクロSv=0.3536ミリSvではないか。私は頭の中で掛け算をした。つまり、ここに3時間このまま立っていれば、3.11以前の国の被曝基準値である積算1ミリSvを超えてしまうのだ。たったの3時間だ。
私はかつて福島第一、第二原発で働いていた人の言葉を思い出した。1ミリSvなんて数字、原発の現場でもめったに出ない。出たら逆に大騒ぎになる。ということは、原子力発電所の内部とほとんど同じ環境が突然山村の十字路に出現したということではないのか。
背後の暗闇に、なにか獣がいるような気がした。
この時の私の気持ちを正直に書くと「怖かった」だ。自分のいる環境、吸っている空気から、立っている地面、足元の泥、雑草までが危険なものに思えてくるのだ。
村民も避難民も無防備なまま「放射能の雨」を浴びた
草野小学校に着いたころには、もうあたりは真っ暗だった。私ももう打ちのめされて、言葉もほとんど出てこなかった。
校門を通りぬけ、正面が校舎の玄関だった。そこだけぽつりと明かりが灯っている。大きな庇屋根が玄関を覆っている。冬の村は雪に包まれるのだ。その左に、水道の蛇口と洗い場が見える。ちょうど屋根の下だ。雨樋の排水口も近くに見える。泥や落ち葉がたまり、苔や雑草が生えている。
悪い予感がした。すぐに線量計を洗い場に置いてみた。
やはり。またしてもデジタル数字が9.99を指して振り切れたのだ。愛澤さんの線量計は?
ピーピー。毎時52.41マイクロSv。ピーピー。
のどがからからに乾いた。ここは小学校なのだ。放射性物質の影響を一番受けやすい子どもたちが集まる小学校、それも校舎の玄関なのだ。私は暗澹たる気持ちになった。
子どもたちがいなくなった草野小学校。日が沈んで暗くなってしまったので、翌日再び出かけて撮影した。
「ここの小学校、実は僕の勤務先だったんです」
愛澤さんの声に振り返った。そうか。小学校の職員だと言っていた勤務先はここだったのか。
ちょっと待て。
2つの事実が頭の中で一列に並んだ。村外からの避難民が身を寄せていたのはここの体育館なのか。私はうめいた。放射能被曝を避けようと、太平洋岸から必死で逃げてきた人たちの上に「放射能の雲」がやってきて「放射能の雨」が降り注いだのだ。そして政府も県も、誰もそのことを知らせなかった。だから大勢の人が無防備なまま被曝した。大量の被曝者が出たのだ。
「ヒバクシャ」。頭に浮かんだ言葉のあまりの恐ろしさに、私は頭を振った。