真っ青な顔で飛び込んできた鈴木を、暫く介抱してやった。粥を作ってやると言ったのだが、なにやら食い物は見たくないらしく、私の善意は断られた。仕方なしに熱い茶をついでやると、縋るように湯呑みを掴んだので驚いた。ただ、それには口をつけずに、側面を両の手で包んでいる。彼の太い指先が小刻みに動いていることに気づき、おや、と思った。
その震えが収まると、ようやく湯呑みを口に運んでいった。一口啜ると、彼はぐらぐらと揺れる目を私に向けた。
「見合いへ行ってきたんだ」
彼の口が、糸を引いて開かれた。粘つく息が部屋に広がるような錯覚を覚える。
「相手方は、ほんとに、ほんとに人形のようなべっぴんさんで」
「ほう」
相槌を打って鈴木を見ると、またも湯呑みに縋りついている。また震えだした彼の指に不安を感じた。鈴木は好色で、恐れも何も知らぬ豪快な男だったので、今の彼は酷い目に合った風に見える。言うのは易いが、言葉にできぬ何か恐ろしいことを味わったのであろう。
「そのべっぴんさん、八重樫綾と言ったが、なにやら随分俺を気に入ってくれているようで、そんで俺も嬉しくなっちまって。ああ、ほんとにほんとに、要らぬことを言った」
鈴木の眼は、瞼のぐるりをなぞるように忙しなく回っている。気味が悪いと一蹴することさえ、今の私には難しい。妙なものに袖を引っ張られているような、ああ、なんでか汗が出る。
「綾さんは、桐の匣を手に持って、中身を見せずに自慢したんだ。いっとう大切なものなんだと。そんで俺は調子に乗って、あんたの大切な大切な、いっとう大事なものになりたいと言うと、綾さんは、そりゃあ無理よ、と言ったので、ちょっとむきになっちまってな」
そこで、一口だけ茶を飲んだ。眉間に寄った皺は、茶の苦みのためだけではあるまい。
「そんな匣よりゃあ、俺のほうがずっといい。そう言うと、綾さんは、匣を結んでた藤色の布をほどいたのさ。ほんとに、なんであんなつまらないことを言ったのか。あれを言わなけりゃあ、あるいは……。匣を俺の前に差し出すと綾さんは、開けてごらんなさい、きっと気に入ってしまうから、と」
「それで、何が入っていたと?」
玄関のほうで微かな足音が聞こえた。客ならば出なければいけないが、それよりも鈴木の話を聞き終えなければいけない。彼は苦しそうに息を吸った。ひゅう、と音が鳴る。
「その、桐の匣いっぱいに、指が、詰まってた」
玄関ががたがたと鳴いている。ああ、客人だ。
鈴木さぁん、という甘ったるい声が、やたらとどろどろした声が聞こえた。
了。
