今日の出来事 両論批評 -2ページ目


人間であるという認識は何処にあるのか?ここではそれはないのだろう

あるのは単なる塊か!遺体が語ったこの行為は観者達にどんな感情を呼ぶのか!



鬼の話は昔話ではないかもしれない!

心に写ることを拒む光景は知覚に努力を要求する。


証拠が出てきてしまえば法は法の下に味方になってくれよう!

言葉の下に生きる者多くは納得もする筈。



併し言葉の通じない者はこの限りではない。

資料とは紙に書いてあるのだろうそれは重要だ、其処に書いてある言葉の意味に自分を従わせるならば!通常は疑うまい、現在人間は言葉を超える事は出来ない!だが言葉の認識を逃れる事をなんとも思わぬようになることは教育や環境によって出来る!そして資料だろうがなんだろうが「紙は単なる紙である」そう思うに至るまで時間もかからない。

つまりヤギの前には如何なる文字が記載されようと意味をなしていようと「紙は単なる紙である」を逃れる事は出来ないのだ!言葉の拘束を彼らは受けやしない、人間にとって重要な条文も彼らの認識では「食べれるのか?如何にして食べようか?」程度である。それを人間に見るのは恐ろしい!





果たして発展途上の不自由な認識はこの論証を如何に考えるだろう!無視して食べるか?しかし昔の紙は食べても大丈夫だっただろうが現代の紙は複雑である。認識を捻じ曲げなんでも都合の良いように食べ続ければ何れ自らを壊す事になろう!


通常と思い込んでいる日常の視点ではなかなかゴミに放火しようとは思わない。



放火は文字通り放つ火である、それ故放ったつもりの火に自らが放たれている事を考える者は少ない。



火は人類に呼ばれたものか?火が人類を使って自らの姿を現したか?



放火好きの心に火は現れるのだろう!火が現物の姿を現すには放火する心が必要だ!



直感如きものが現れたなら自分は火の使いかもしれない、直感は思惟をも従えるのか?



そして可燃物は燃やしたい心を写すだろう!路上のゴミから遠く核爆弾まで。




重力からの解放から時に数倍の跳ね返しを受けることもある。



正気の自省は覚醒の現場では遠く眺める一つの形だろうか!

覚醒中の自省は難しい!



背後に潜んだ目的は重力からの解放を既に含んでいる。結果など分かり切ったことだ!

正気は知っている狂気の渦中から正気を問う事をそして狂気は正論などに縛られぬ事を!

凡人ではなかなか行動に移せそうにない偽物医師もこの程度なら
[偽物医師のなり方]なる情報商材があったとしたらどうだろうか?
簡単に偽物の概念を超越した本物になれるかもしれない。

しかし偽医師が治した病気は本物だろうか偽物だろうか?
結果は経緯を表沙汰にはしないが経緯は自らの経験に結果を託している!
ならば真贋は必然的に問われよう!

ここでも法(言葉)を裏切らぬ日本人の頑なな姿勢がみてとれる。
法の下なら勿論限界であろう!結果は見えていた事だ!
相手は引き延ばし自由の法の下にあり言葉の認識は低い。
目に見えぬ境界無き海をまさに[皆で航れば怖くない]である!

そして報道の下にある人間は自らの心をあの映し出される映像(又は写真)に
自分の意見という姿を逆に映し出されている事はご存知だろうか!
意見両論は自由である。
しかし自己主張を法に預けた現場の海上保安官は如何なる心境であろう!


因縁は源を離れることが出来なかった!



振り上げられたナイフを理屈も知恵も止めることは出来ない。



人間模様はこの凶器の前にひれ伏す他あるまい!



狂気を探し自らを託すこれは化け物の右腕か!


漁船と商船の衝突は日本近海様々日常茶飯事に起こっている事は多く知られてはいない。

浮遊物である船はその存在意義そのもの海に操られているとも言えよう!



人為的ミスはあったのだろうが穏やかな姿と荒れた姿の極端な姿、大海原の偶然の一致は

人為的ミス自体をも生み出させた液体の姿を纏った海の機嫌なのか!



古より続いている海の神を祈る習わしは単なる風習では済まないかもしれない!




最近の大雨は異常気象が関係しているのだろう!異常気象は対する平常気象に照らされていよう!

それなら膨張した気象は対する何かも生み出す事となる筈!体系が一つならば。



併し自らの足元の平凡を事に対してではなく考察するのは難しい!事に対した時既に平凡だった足元は

過去の教訓に変わっている。



以上に膨張した気象はまだ見えぬ何かを含んでいるかもしれない!何が起こるか分からない!

先進国は言葉の下にあり個人の信用は守られる言葉に写し出されている。言葉を軽く考えそれを欺けば信用は自ずと遠ざかる事は明白である。言葉を離れた世界に新しい秩序など伺うことは現在人類に於いて出来ていない。つまり言葉を軽視する人民はここまで出来上がった先進国にとって脅威である。自らを止める神を持たぬ個人の集合体は止めるものを持たぬがゆえ何を仕出かすか分からない!歴史が証明している中国の過去に仕出かした大虐殺をどれだけが理解していよう、失敗だったの裏にみる大多数の餓死者も!過去現在関係なく言葉の認識が薄い民族に信用などある筈はない。

しかし自称平和主義の理想家は如何なる人権も尊重するだろうが尊重するその人権に自らを攻撃されることになろう!言葉が通じない民族を先進国に仲間入りさせると言うことは猿の惑星と共同で人類を管理することと等しいのだ!安易な人道主義は猿の惑星による現代版大虐殺を招いている、大変危険であることは心得たほうがよい。