今日の出来事 両論批評 -17ページ目


監査のすり抜けは氷山の一角であろう。



裏には利益を追求せねばならない経営者の苦悩もあるのだろう、

又は単なる利益の追求という場合もあるのだろうか!



何れにせよ監査又は規制は強化されることとなろう。

これ以上犠牲者を出さない為にも!



そして新しい規制の出現は何時時も犠牲者を必要としている!


死刑執行に対する論議は賛否両論様々であろう。



死刑という名のもとに人を裁けるのか?

果たして死刑は?両論は繰り広げられる。

それは死に対する認識の内を逃れることが出来ないからだ!



一般的な死の認識の内では死は死を恐る者に対する制裁となろう

そして死は死と思う一般認識のもとでは何かが晴れるのだろう。



併し一般的な死の認識の外にあるもの、つまり死という言葉から

解放された境地に達しているものに対しては一般で思う死刑は通用しない!



法の名のもとに裁かれ反省などが出る程の事件は犯罪者がまだ死の認識の内側にいる

ことである。



反省など無い強い信念のもとに行われる犯罪などは死など眼中にあるまい!

其処には犯罪という認識さえ存在しない。







死刑執行は認識の内に多くを語っている!




専門家の方々の分析の通りなのであろう。



利益の名のもとに命をかけることは難しい!



併し今の日本にも言えることである。



予想の裏側も考慮しておく必要はあろう!





その昔、「言霊の幸ふ国」我が日本は利益追求の為強かったのではない。



美しい言葉を信じたから強かったのだ!


言われた方は気にする、言った方は気にしない。反対に

言われても気にしない、気になるが言ってみる。



暴言の範疇はむずかしい!



如何に言葉に責任を持てるか!



同じ言葉でも本人にとって軽い重いはまさにそれぞれである。



言葉に命をかけてきた古代日本に対し現代日本は言葉に対する重みは

次第に軽くなってきている。



単なる言葉は小さくは個人の紛争に終わるが大きくは戦争まで突き進む!



そして人間はまだ言葉を逃れることは出来ていない!


綺麗になった像の顔はどう見えるか?、(被爆10年後に白血病により12歳で亡くなった佐々木禎子さん)



嬉しそうか?



悲しそうか?



その見えた顔は今の自分の心を写した鑑であることを忘れまい!




オリンピックに挑む北朝鮮の特殊性を感じるのか?



併しオリンピックの名のもとではどの国も大小あれど

変わりはしない!



自分自身今日のニュースで自国の金メダルを気にしているからだ。