先日、天皇と皇后がパラオに訪問されました。
このことはTVでも放映され、パラオはとても親日であることを報じられていました。


ドイツの植民地であったパラオを日本が統治し、学校や病院などを整備したりとパラオの人々のために多くのこと行ったとのこと。
パラオの国旗は日本の国旗に似ており、日本が太陽であればパラオは月だと言うくらいに親日です。
これらのことを知るだけでも、当時の日本は素晴らしいと思いました。

しかし、TVでは放映されていないもっとすごいことがあるのです。
第二次世界大戦の激戦地になったパラオのペリリュー島での出来事です。
TVでは1万人の日本兵と4万人の米国軍の壮絶な戦い、生き残った日本兵がたった34人ということしか報じられていませんでした。

この戦いの裏に、ある出来事があったのです。
この当時を知るペリリュー島民の老人が日本の毎日新聞に話したのです。

次のとおりです。

>>>
遠い南の島に、日本の歌を歌う老人がいた。

「あそこでみんな死んでいったんだ・・・」

沖に浮かぶ島を指差しながら、老人はつぶやいた。


太平洋戦争のとき、その島には日本軍が進駐し陣地が作られた。

老人は村の若者達と共にその作業に参加した。

日本兵とは仲良くなって、日本の歌を一緒に歌ったりしたという。



やがて戦況は日本に不利となり、いつ米軍が上陸してもおかしくない状況になった。

仲間達と話し合った彼は代表数人と共に日本の守備隊長のもとを訪れた。

「自分達も一緒に戦わせて欲しい」と。



それを聞くなり隊長は激高し叫んだという。

「帝国軍人が、貴様ら土人と一緒に戦えるか!」



日本人は仲間だと思っていたのに・・・。

みせかけだったのか。

裏切られた想いで、みな悔し涙を流した・・・。



船に乗って島を去る日、日本兵は誰一人見送りに来ない。

村の若者達は、悄然と船に乗り込んだ。



しかし、船が島を離れた瞬間に日本兵全員が浜に走り出てきた。

そして一緒に歌った日本の歌を歌いながら、手を振って彼らを見送った。

先頭には笑顔で手を振るあの隊長が。



その瞬間、彼は悟ったという。

あの言葉は、自分達を救うためのものだったのだと・・・。

>>>以上です。

まさに侍魂ですね。。
<感謝>