戸川純さんのライブが予想以上に成功に終わったことで「やり遂げた」気分になっていました。

再び徳島の岡地さんから電話があって、「ZELDAがなぁーまたツアーするんじゃけど、高知でもやるか?」と声をかけてくれました。

この頃、ZELDAも「宝島」に戸川純と同様に連載ページもあれば、「ラッキー少年のうた(Aru you Lucky?)」がとおはとんのライブが予想以上に成功に終わったことで「やり遂げた」気分になっていました。

 

再び徳島の岡地さんから電話があって、「ZELDAがなぁーまたツアーするんじゃけど、高知でもやるか?」と声をかけてくれました。

 

この頃、ZELDAも「宝島」に戸川純と同様に連載ページもあれば、「ラッキー少年のうた(Aru you Lucky?)」が東ハト キャラメルコーンのCM曲に使用されるなど一定の人気がありました。
再び、戸川純さんと同じくRKCホール(キャパ700席)でのコンサートを企画しました。

この頃はまだ高知にライブハウスが存在せず(スターリンでお借りしたキャラバンサライもライブの度にPA,照明を持ち込まなくてはならない状態でした)ので、まだ照明がセットし易い環境のRKCホールを使う。ことを選択してしまったのですが、
結果は当時のマネージャーのMakiさんに打ち上げで言われたのですが、「ごめんね。うちの娘たち、まだホールでのワンマンライブに慣れてなくてね」。でした。

ただライブの出来が悪かったか?というと当時の自分は今風に言うと「COOLだな」と感じていました。
確かにリーダーのチホさんがMCで「ツアーも中盤でちょうどのってきているところです」という言葉はプロとしてのリップサービスであることは判りましたが、それでも観客に媚びていないステージがそれまで見ていた歌謡曲やニューミュージックの方たちとは一線を画したもので新鮮でした。
そしてこのブログを書くために過去のZELDAの動画を幾つか視たのですが、他のライブよりこの日のライブは良い意味で力が抜けていて、それがこの夜の見どころだったんではないかな?
※ライブの照明もすごく創り込んでくれていてそれも良かったな。

打ち上げは、ZELDAのイメージに合わせて?居酒屋でなく、ミントグリーンの塗装がきれいなカフェバーに行きました。
Makiさんの確認をとってチケットの手売り、設営を手伝ってくれた友人たちをたぶん5~6人呼んだのですが、そのせいで突然、ヴォーカルのサヨコさんが泣き始めました。
彼らが突然、許可をとらず写真を撮ったことで「撮られたくない顔をしてた!」と怒りはじめたのです。
本当に申し訳ございませんでした。
あの頃の自分はまだイベンターという役割りが理解できてませんでした。

当時は「逢ったこともない人のために3か月以上、チラシを配り、ポスターを貼り、選挙運動のようにチケットを手売りする」だけで主催者だと考えていました。
主催者は打ち上げを愉しんではいけないよな。解散するまでケアをしなくてはなーと考えれるようなるまで後2年かかります。

この夜のちょっとだけ嬉しいことを書いておきます。
drの小澤亜子さんに「自分は「セイレーン」が好きなんですよ」と伝えると、小澤さんがニコッと笑ってくれて「あれはね。私が別のバンド用に書いていたテクノぽい曲だったのをアレンジしてZELDAで使っているんだよ」と教えてもらえたこと。
そして、記憶にないのですが自分が「パリススキャンダル」で買ったパンクぽい(セックスギャングのアンディが着ていそうな)Tシャツを着ていて隣に座った小澤さんが肩に手をかけてくれている写真がありました。

たぶんこの写真を撮ったのは戸川純さんのライブから楽器に詳しいからと相談に乗ってもらっていた小宮くんです。
サヨコさんを泣かせたのも彼かも知れません。
どこの街でもそうでしょうが、東京から有名人を呼ぶ。という活動を始めると色々な人たちが集まってきます。
この先もそうした人たちとの距離を取り方を学んでゆくのですが、この頃の自分はまだまだ甘く、今思い返すとここで止めていれば良かったのかも?というターニングポイントでした。