今日は市内の旅を満喫してきました。
DVDを返すために、市内に行った。
ついでに新しいDVDを借りた。
その中に一枚が、店員が選んでいて店で
放送されたやつ。 私はそういう奇遇によって興味を湧いてきた
ものにはあんまりきらいじゃない。 そしてそれを借りた。
コメディと思ったら、リアリティなやつだった。
店員は九日前の店員と同じ人だった。
DVDレンタル屋の後に、周りの国立大学に行きました。
ああいう院生とか博士のコースがない私立大学よりも
国立大学の図書館に、べんきょうの雰囲気が遥かに濃い。
自分が通っていた私立大学では、院生と博士のコースがなくて
、入ってきた学生も、高校時代には授業には適当な感じなやつが
ほとんどなので、図書館はあんまり人がいない感覚だった。
逆に国立大学図書館では、普段に人がいるし、中間テストに近い時には
席さえ満員になるのもよくある。
国立大学図書館のメリットはやっぱり人が込んでいても、地方の図書館より
静かだな。
高校以下の子供はあんまり国立大学図書館にはこない。 地方の図書館だと
小学生か、中学生が少なくないので、国立大学図書館と比べていれば、それは
まあ、騒がしく感じるのが少なくない。
国立大学図書館には、大抵、英語原文書蔵書フロアが設置されている。
英語原文で書かれたテキストは、目次がわかりやすくて、とても細かい項目まで
分類されていて、資料を探しやすい。 さすがに科学の発祥地の名は伊達(だて)じゃない
ようだ。
英語を母語とするアメリカも現時点では、最速の戦闘機も持っていれば、数隻以上の
空母もあって、実質的に絶対制海権を持つという。
私は思うんです。
小説は、読んでいても、実際に自分の収入と人類の生活
にはあんまり直接的に影響を与えないのが少なくない。
それよりも、現実に基づく「真理」が、工業の温床となる。
いわゆる「科学」ってやつ。 たとえば、物理学、化学、
生物学、医学、工業、商業など。
こういうやつには、現実を観察して、絶対的な定理に
近い規律を文字化して、さらに使われるという。
逆に、小説の場合では、特にああいう売り上げだけを
狙っていて、読者がみたいものを見せる小説では、
それぞれの世界観を持っていて、一冊読み終わったら、
また他のストリーを読みたかったら、再び別の世界観をなれる
必要がある。
逆に、「物理学」っていうのは、一旦、何かの
真理を学んでいれば、ほぼしぬまで通用するのが
少なくない。
これこそが効率だな。
武器の設計にも使えるし、生活用品の改良にも
使えるという。
特に、今、有名な車製造会社と、ケイタイの製造会社と電機会社など
に入社していれば、発想は発想だけではんく、すぐ支援してくれる生産体制が
ついてくるという。
まさしく発想が人類の生活に影響する分野である。
今回は、英語原文書のフロアで、二時間ぐらいいました。
日曜日なので、閉館は午後五時だった。
二十冊ぐらいちょっと興味をもつ本を取って机に置いて
調査した。
二時間以内に二十冊を調査するので、タイトルと目次の
解析を先にした。
一冊に約五分ぐらい。
多分、この数ヶ月間、DVDレンタル屋でDVDを借りて
英語の字幕を見ながら、英語を聞いてきたので、最近は
たまに英語の原文書を読む時に、馴染んだ字を見たら、
自然に頭がその字の音声情報が湧いてくるという。
そのため、もっと読むスピードが速くなっていて
もっとらくになった気がする。
国立大学図書館は、学校の専攻の差によって
蔵書の種類の数もやや違うらしい。
中部のあの大学では、外国語に関する蔵書は多かった原因は
やっぱりその大学に外国語学科があったから。
今回通った国立大学図書館が、外国語への蔵書は
中部のあの大学図書館より少なかった。
いろんな国立大学図書館の蔵書の差を調査するのも
たのしみだな。
国立大学図書館で隠れた情報は一体どれほど
自分が後の行動に影響するか、そういうのを常に考えて
自分の利益などに役に立つ本を選択するといい。
あるいは、社会の利益は自分の行動の変化によって
どれほどに変化する。
そして自分はよんだ情報によって、どれほど
行動を変化する。
さらに自分の行動によって、どれほど社会に影響を
与えるのかを常に考えて、情報を探したり分析したり
使ったりするといい。
目の前の情報は、どのような形で将来、
自分の生活、あるいは社会に利用されるかを
常に頭の中で分析するといい。
国家図書館の後に、大学の周りのハンバーグ屋に
いってハンバーグを食べました。 飲み物は飲み放題だった。
ハンバーグ、ポテトチップスと、フライポテトを食べました。