昨日、数か月前に買っていたジャイアント・ミルワールが、成虫になってから、昨日、動かなくなった。 刺激があっても、動かなくなった。

 

  数か月前に買った時は、まだ冬だった。  九匹ぐらい買ったかな。   チリコモのえさとして買っていた。

 

  最終的に、チリコモは六匹食った。

 

  残った三匹は成虫になった。

 

  三匹目の成虫が、発見されたのが、ちょっと奇跡だった。 二匹目が成虫の状態で、三匹目が発見されたのは、ちょっと奇跡だった。

  

  三匹目が踊になった後に、どこか置いてるか、正直、忘れていた。  偶然に再び発見した。 当時、三匹目が成虫になったばかりだ。

 

  

 

  数週間前から、三匹目が、きわめて騒がしくなった。 ずっと飼育箱の箱を何時間をかけて、大きな声を立てていた。

 

  そして、約、一週間前、すごく静かになった。 ちょっと息で刺激しても、あんまり動かないぐらい。

 

  昨日、やっと、完全に、動かなくなったという。

 

 

  

  三億根前、二億年前、一億年前、千五百万年前、六百万年前、百万年前、人類みたいな生物がいた。

 

  前に経てた仮設が三億年前の文明産物の化石によって実証された。

 

  地球、元々生命がなかった。 最初の命でさえ、うちゅうじんがもってきたものかもしれない。

 

  三億年前に、投入されたのは、うちゅうじんと比較的に離れている生命体の遺伝子が投入された。

 

  千五百万年前には、うちゅうじんと比較的に近い生物のいでんしが投入された。  猿みたいなもの。

 

  うちゅうじんがずっとじんるいのぶんめいを見張っているらしい。

 

  

 

  マスコミで大きく拡散されてない原因は、そういう情報は、人の生活に大きく影響されない。

 

  おおくのひとが、比較的にきになるのは「実際に自分の生活としゅうにゅう」などに影響する情報と、工芸品だ。

  

  三億根前に残した人類の足元と、ネジの化石は、おおくのひとにはあんまりきょうみがないようです。

 

  だが、実際に操縦して、宇宙まで飛べるうちゅうせんが発見されたら、また別論になるかもしれない。

 

 

 

  現代において「うちゅうじんは、ロンドンに隠れてる」

 

  聖書は、うちゅうじんがつくった、猿の考え方をコントロールするしょぶつにちかいかもしれない。

 

  中にかいてた、かみはじぶんのかたちをサンプルにして、ひとをつくった内容は興味深い。

 

  聖書がかいてたことは、「暗示的な部分」がすくなくない。

 

  全部事実かというより、事実がある程度に、替えられたものに近い。

 

  つまり、いっぱんじんがみて、やや不可能でおもわれるぐらい書かれたもの。

 

  とくにてんしについて、かみにししゃっていう部分は、ひとがた探察ロボットにちかいもの。   と、外接そうこうにつながってた、ひとがたたんさつろぼっとなど。

 

 

  経済独立した後に、常に、どのように、社会へ貢献し、そして報酬を取ることについて考える必要がある。

 

  理想的なのは、やっぱり、自分がやって、少なくとも、不快にならないしごとをやったほうがいい。

 

  それからは、報酬の高さと安定性をもとめるという。

 

  

 

  やっぱり、長時間に、かねがもってるひとと、かねがもってないひとの間に、もっとも大きな精神的な差は、かねがもってるひとが、貧乏な時に、積極的により稼げる方法を考えて、試したりして行動するという。

 

  長時間に貧乏状態の人では、多分、ちょっと生きていれば、大丈夫っていう甘い考え方をもって、より多く稼げる方法を試そうとしない。

 

  積極的に問題解決っていう心構えを持つことは、たいせつだ。

 

  「個人財務」から「部屋の清潔状態」まで、すべては、それで、処理することができる。