多分、「芸術の本質」の一部が、
「人類が見たいものを残す」かもしれない。
この原則に従って、写真を撮る時には、
関係者以外の「カオ」と、その写真で、
おこされたくない特殊なかんかを、おこすことなどを、削除したり、
向く方向だとか、撮影の場所の変化だとか、
関係者以外のひとが、あんまり、ないタイミングを
まつ、だとか、という手段で、「テーマ」となる
ことを、撮影する。
他に、写真を撮った後に、パソコンで、
再処理する手段も、ある、らしい。
それは、写真の中に、関係者以外の
カオを、削除する、らしい。
人類のカオは、音符みたいな
記号、かもしれない。
たまに、行動と、カオにつながりによって、
違う「音符」の感覚を、表す、かもしれない。
それと、よくきいていた「知り合いの音符」と
あんまり、きいたことない「しらないやつの音符」。
きいたことあるうたを、きく時に、
ときに、共鳴反応をおこす、らしい。
「回想」することによって、脳の中の「シナプス」が
生体電流の流れによって、より、密接(みっせつ)になっていく
かもしれない。
最近は、よく、三年前のことを、思い出す。
自分の脳内のシナプスは、三年ほど前の記憶を、
中心に、再構築してきたらしい。