十月十日
軍営から出て三日目の休日。
朝、部屋で、おきた後に、元カノにかかわることが、
しぜんに、脳の中に、流し始めた。 その後、元カノの写真を
みて、ぼーっとしてた。
ちょっとねむくなってきたら、目を閉じたりして、
気づいたら、数時間も、経ってた。
軍営と比べていれば、とてもしずかな朝でした。
数日前、軍隊にいる時も、
マシンのように、アサルトライフルを運んでいたり、
恒例実行をやったり、する時にあたまが、元カノのことを、おもう。
かこのいろいろ、元カノとかかわっている記憶が、
よく、思い出している。
多分、ほんとうに、わすれたくないから、
おもうほど、蘇った記憶が、だんだん、広がる。
気づいたら、元カノのなまえを、つぶやいたこともある。
たまに、昼ご飯と晩御飯の後に、数十分ぐらいの
休憩時間があって、よゆうがあれば、たまに、
ビルの横にある緊急用階段を
使って、頂上に上って、お守りの中に隠れている元カノのしゃしんを
、みていたら、すこし、おちつく。
それから、次と次への任務が、やってきて、
寝るまで、実行し続けるという。
軍営の中に、周りに、ひとがいないところは、
多分、その緊急用階段のもっとも上のところぐらいかな。
ほかのところだと、ほぼ、プライベートゼロぐらいかな。
寝室でも、50にん一部屋という。
たまに、ねる前に、懐中電灯を、つかって、
布団の中に、元カノとの写真をみることも、
軍営の中のきついふんいきから、すこし
かいほうできる時間だった。
元カノと、いっしょに、いた記憶は、
ある程度に、自分をささえていた。
やっぱり、ひとにとって、
そういう、支えてくれることを
設定するのが大切、かもしれない。