久々、日本語の文法について書いてみる。
受身とか、使役とか、基本とは言え、何か、気づかないと
たまに意味が分からなくなるとか、誤解するとか、が出てくる。
受身と使役が自分の意識とか、他の事件を述べる時に、よく使っているようです。
何か、はっきりにわからないと。
「私はあの人に怒られた。」
この例文には 、 私(主観者)が あの人(第三者)に 怒りを向けらた事を示します。
つまり、怒ってる人は、あの人です。
(PS、「XはYに振られた」、つまり、Xは多分、悲しくなる。って感じ。)
(何か、見たことがある気がする。 はやり、言語は復習しないと、忘れるものだな。)
「あの人は私を怒らせた。」
この例文には 、あの人(第三者)に対して 私(主観者)が 何か腹立たしい言動をとられ 私(主観者)が あの人(第三者)に 怒りを向ける事をしめします。
つまり、怒ってる人は、私です
説明は多ければ多くほどがいいかもしれない。
いろんな観点から、同じ問題を見れば、きっともっと真実に近づいていくはず。
これを突然、見た時に、意味が確認できませんでした。
考えながら、時間が随分かかりました。
でも、何とか、分かった。
学習者に対して、ちょっと考えさせる時間をあげるのは大切だとしみじみ感じました。
先生に対して質問してからちゃんと、先生を考えさせる時間をあげることも大切だと思います。
焦ってはやめたほうがいいかもしれない。