それは洒落にならないくらい淋しい夜を

老いた天狗は赤玉スウィートワインで濡らしている時だった。



一度舐める毎に、その口触りの良い液体に感服している最中、
とある阿呆狸が贈りものを寄越したのである。

「拝啓、如意ヶ嶽薬師坊殿へ
 
 首都に行かれて淋しい夜を送っておられることだと想います。

 明日は最高のバースデイをエンジョイして頂きたく、
 
 骨董市で見つけた珍しい袴を献上いたします。

  これは赤玉ワインを燃料とし、
  ジェット噴射口にすかしっ屁を含ませると
  発射する『袴式小型納涼床』でございます。
  
 
 偉大なる先生をまた
 
 天空を自由自在に飛行するお手伝いとなることと想います。

 くれぐれも無茶なさらないように・・・」




小癪な、阿呆狸風情が・・・



あ!!

明日が天狗の誕生日であることを忘れていた事に気がつく

壊れかけの鳩時計を睨む

日付が変わるまで、あと二時間・・・


私は次のバースデーまでに、この文庫本を返し
その感想をカノ人に伝えなくてはいけないという
縛りを自分で勝手に作っていた。


カノ人とは東京で暮らす、天狗の意中の女子だ。

その文庫本は
借りたというよりも、半ば奪取し切ったといっても嘘じゃない。

単純に、次に逢う口実を作りたかったのかもしれない

単純に、誕生日をカノ人に祝って貰いたかっただけである。間違いない”!


近年めっきり天狗能力も衰え、天空を浮遊するどころか
PASMOで電車にもバスにも、お世話になりっぱなしの毎日だ。


阿呆狸からの贈りものを背負い、姿見を覗く。



意外といい男じゃ



試しに赤玉をカートリッジに差し込んでみた。


試しにすかしッ屁をかました。



部屋のガラス戸をぶち破り、甲州街道大原まで一気にぶっ飛んだ。


「これは浮遊じゃない、殺天狗マシーンじゃ」

燃費を気にしながらも、だんだんと飛行感覚を取り戻す

デカデカと光るマクドナルドのネオンを見つけて
テリヤキバーガーでも・・・と涎をたらしてみたが
代田橋駅付近にマックは存在しない事に憤怒する
「ちぇっ」

北上して、
いざ新青梅街道を目指す

そう意気込んだ瞬間に、地上の塾帰りの小学生が操る
「レーザーポインター」に眼をやられて、高速の看板にぶつかり
上りの10tトラックの幌にふさっと墜落する

あまりもの寒さに眼を覚まし、おならを絞って
再び上空へ

トラックの上に眼鏡を忘れたことに気がつき
戻ろうとした時、トラックは地下トンネルへ入ってしまった。

想いとは逆に
風邪に揺られて、遥か上空にふんわり上がった


新宿の街の明かりが
弱視の世界で燃えている

ピントの合わないそれぞれは
消えることの無い花火のスターマインの様に
素敵模様でまたたいて、悲しかった。



安っぽい悲壮感に浸りながら
背中が軽くなったことに気づき歌舞伎町のドン・キホーテで赤玉三本と度入り眼鏡を買う。③千円くらい

財布を閉じながら、
最初からタクシーで行けばよかったと後悔しそうになる
「夜空を飛んで逢いにいくから、意味があるのだ♪」と
ドンキの歌に掛けて歌ってみた。


聖夜に向けての過激演出の開催期間の無謀さを恨みながら、
西武新宿駅に向けて歩いた。

飲み屋の呼び込みにも、避けられるほど
私は偉大なオーラを放っていると鼻を高くした。


燃料はあるが・・・はて
ガスがもう出ないかも

トラックの屋台で試食のふかし芋を鷲掴みして、
食べてお腹をかき回し
爆音と共に勢い良く上空へ

先ほどとは違った、街の灯を足蹴に
西武新宿線に沿ってビル群を抜けていく。

その動きは天狗というか、
打ち上げられて中々落ちてこない
ペットボトルロケットに似ている。


大好きな酒で飛び
大好きな人のもとへ・・・





カノ人のマンションに着く。
何階だったか忘れたので屋上に一旦降り立つ
凍結した全身がブルブルと笑う
携帯電話を取り出すが、じょうずにボタンが押せない

諦めて地上へ降りる。

こちらに近づく二人の気配を感じ
身を隠す

カノ人は現代風のガキと手をつないでこちらに向かってきた。
屁も凍るほど、鳥肌が立った。

少しだけ天狗の力で浮いてしまった。

しかし少しだけなので直ぐ落ちる。
しかも身体はガチがちに固まってるので上手く着地できない

ふさっ

マンションに入るカノ人はふさっ墜落した背後を振り返る。

カノ「何しとるんですか?」
天狗「いや、その、あれだ、、、
   本を返しに・・・・
                 ないな本。」

その頃、
遠く千葉県を通行中の10tトラックに
川上弘美の「センセイの鞄」がくたびれた眼鏡と並んでいる


カノ人の連れ「何これ、人間?
       きんも!」

カノ「・・・。」

天狗「あの・・・その・・・
   

   好きです。」

カノ人「・・・・あの本が?」



天狗「・・・本じゃありません

   好きだったんです。
   あなたをずっと。

   それが、言いたくて。来ました。
 
   勝手に・・・スイマセン。

   今日はもうワシの誕生日だから遅いけども。
   本も、失くしちゃったけど・・・

   好きだったんだから、しょうがないでしょうが?」




後日、新しい文庫本を大事に持って
PASMOを駆使してカノ人との逢瀬に出かけたかは
未来になってみないと分らない。




はーエア天狗楽しかった。