いない…








彼女の痕跡が跡形も無くなっている。








一体何があったというんだ。僕がいない間に…








三日前、突然途絶えたメール。忙しいのだろう…そう思ってはみたが今まで途絶えることはなかっただけに、僕は妙な胸騒ぎを覚えた。








予定より1日早く韓国に戻ってきた。空港からユリンのアパートを訪ねたが、そこにはユリンの姿はなかった。





以前教えてもらった住所を手がかりに実家へ訪ねてもみたが、両親も理由も告げず出て行ってしまって…と困惑しているようだった。









ユリン、一体どこに行ってしまったんだ…









‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥





「ねぇ今日のパーティーって皆さん奥様同伴かしら?」








「あぁ…そう聞いてるけど…なんで?」








「なんでって?着物の色かぶるとマズいのよ~特に専務の奥様はうるさいのよね。あ~どうしよう…。」








「あっ!そうそう明日のパーティーでさ、社長が俺たちに頼み事があるって言ってたぞ。」








「ふ~ん。何だろうね?別に明日じゃなくてもいいのにね。」








「なんだか紹介したい人がいるような事を言ってたな。」








「ふ~ん。そうなんだ。」








博之の話を聞きながらも私の頭の中は着物選びの事でいっぱいだった。










その日は、午後から美容院でセットとネイルを済ませ帝都ホテルへ








海外からのお客様もいらっしゃるとかで会社の奥様方は着物での出席となったのだ。








遅れて到着した博之と合流して、今上役夫妻への挨拶も一通り済ませたところ。








「ユリちゃん、久しぶり。」








会場入り口から笑顔でこちらに向かってくる佐々木のおじさまの顔が見えた。








「おじさま。久しぶりって二週間前にご自宅にお伺いしたばかりですよ。」








「ああ、そうだったかな?まぁ細かいことはいいじゃないか?」








「ところでおじさん。僕達に頼みごとって?」








「あ~お前たちに紹介したい奴がいるんだが…どうやら渋滞で遅れてるみたいだ。まぁ、直に来るとは思うんだがね。



お前たちびっくりするなよ。今流行りのイケメンだ。



私の友人でもあるLGグループの一人息子だ。今ちょうど親父さんについて来日中でな。仕事も一段落したんで観光にでも案内しようかと考えていたんだが。



あいにく私は、出張もあってゆっくりできないのでお前たちに頼もうかと思ったんだ。」








「あのLGグループ!おじさんもまた凄い人脈ですね。なぁユリ…。」








「あっ…ええ…。」








私の聞き間違いであって欲しい。




LGグループ…スンヒョン…



もう想い出したくない…何度も忘れようとしても忘れられない出来事。



あんなに悲しい想いは、こころの奥底にしまい込んだはずなのに…





頭が痛い…
なんだか息苦しい…





私、ここにはいれない…




博之…博之…苦しい…声が出ない…苦しい。










おじさまの携帯がなった。








「どうやら到着したようだ。ちょっと迎えに行ってくるからお前たちここで待っててくれ。」










「おい、かなりのイケメンらしいぞ。ユリ嬉し…」



「ユリ?どうした?気分でも悪いのか?顔が真っ青だぞ。」








「ハァ…ハァ…ハァ…ひろ…ゆき…」



そのまま床に倒れこんでしまった。








「ユリ!ユリ!しっかりしろ!」










‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥





「スンヒョン様。まもなく到着でございます。」







思わぬ渋滞に巻き込まれ、佐々木氏との約束の時間ギリギリの到着となってしまった。





父親の友人でもある佐々木氏。何度か会った事はあったが、父親抜きで会うのは今日が始めてだ。




早速ロビーに佐々木氏の姿を見つけ遅刻を詫びた







今回、僕が佐々木氏に招待されたのは、明日東京を案内してくれるとかで、ナビゲート役の甥夫婦を紹介してくれるらしい…



僕としてはゆっくり一人時間を過ごしても良かったのだが、せっかくの好意だ。ありがたく受けなければ…








談笑をしながらパーティー会場に入っていくとなにやら会場の一角がやけに騒動しい…








日本語は得意じゃない僕は、状況を佐々木氏に聞く。








どうやら出席した女性が倒れたらしいとの説明だった。








人だかりに近づいていくといきなり佐々木氏が血相をかえて輪の中に飛び込んでいった。








「どうした?博之。ユリちゃん大丈夫か?救急車はまだか早くしろ!」


心配そうな表情の男性に手を握られ横たわる着物姿の女性が見えた。



あれがさっき話してた甥夫婦だろうか…








まもなく救急隊員が到着。担架に横たわった女性の顔をみて僕は言葉を失っった








ユリン…。








あれは、まさしく五年前に僕のもとから忽然と消えてしまった彼女…ユリンに間違いない。








どうしてここに…








一瞬にして五年前の苦しみに僕は引き戻されてしまった。








彼女を失った喪失感は未だ棘となって僕の胸に残っている…








何度忘れようとしたか…いっそ憎んでしまえば忘れられただろうか…いいや、憎めば憎むほど彼女への愛情の深さに打ちのめされるだけだった。








5年経った今も一度も癒される事のない僕の心。







どうして現れたんだ…











‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥



サイレンの音と体のわずかな揺れで目が覚めた。







私の手を握りしめ心配そうに顔を覗き込む博之が見えた。








「ごめん…ね。」









「良かった…。」言葉に詰まり涙ぐむ博之。








そんな博之の顔を見ながら、私は遠い記憶におもいをはせていた。








スンヒョンがこの日本にいるのね…








何故だろう…憎むべき人なのにこんなにも愛しく思うなんて…








そんなことを考えながら再び睡魔に襲われる…








スンヒョン…。








私は、あなたと会うべきなのだろうか…。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆






ユリンからデートのOKをもらえてから、なぜだか落ち着かない日々を過ごしていた僕。








そして今日はデート当日。

いつものように行き着けの高級イタリアンに予約を入れ、ジュエリーも購入しサプライズで花束を届けてもらう手配も終わらせた。








後はユリンを迎えにいくだけだな…彼女喜んでくれるかな








彼女を乗せて店に到着。
いつものようにスタッフに車を預け入り口に向かうユリンをエスコートしようと…








ユリンは、入り口から少し離れた場所で佇んだまま動こうとしない。








「どうしたの?」





「ねぇスンヒョン。ここって凄く高くて有名なお店だよね?」





「あぁ…そういえばオーナーが取材が殺到して困ってるって言ってたよ。ここってそんなに有名なんだ。」





「ちょっと待って!私こんな高いお店の支払いが出来るほど持ち合わせないよ。」





「えっ…?」





「だから、お金あんまりないの。給料日前だし今月ピンチなんだよね。」




「ユリン…もしかして自分で支払うつもりだった?…バカだな。今日は僕が君を招待したんだから、ぼくがご馳走するんだよ。そんな事心配しなくていいよ。」





「駄目だよ。仮にも私は社会人、あなたは学生よ。学生におごってもらうなんてダメだよ。」





「そんな事言われても…。」





「いい?スンヒョン。ここで支払うお金は誰のお金?」





「ここはいつもカードだけど…」





「あっそう。じゃあカードの支払いは誰が?」




「両親だけど…」





「私、あなたのご両親にご馳走してもらう理由はないわ。」





「どうして?こんな事言われたの始めてだ。今まで誘った女の子は皆喜んでくれたよ。
皆当たり前のようにご馳走されて、プレゼントも貰って当たり前のように受け取ってくれた。女の子ってこういう風にされると嬉しいんじゃないの?」





「ねぇ、スンヒョン。きっと大半の女の子は、あなたみたいなかっこいい男の子と高級なお店で食事して高価なプレゼントをされたら嬉しいと思うよ。



私も女の子だから嬉しい。こうして準備してくれたスンヒョンの気持ちにとても感謝してる。



でもね、私これでも働いてるの。いくらデートに誘われたからと言って大学生のあなたにご馳走してもらう気はないの。ごめんね。



私はあなたと普通に若い子達が普通に食べに行ける店でいいんだよ。



プレゼントも、ちゃんとお付き合いをしてお互いにプレゼントできたらいいんじゃない。




高級なお店だから美味しいんじゃなくて、二人で食べるから美味しいお店がいいわ。



あっ…ごめん。私一方的に…あなたの気持ちも考えずに…。」





ユリン…








僕はしばらく黙ってユリンの言うことを聞いていた。





僕のもてなしを否定された事を怒るより、ごく当たり前の事を当たり前のように教えてくれるユリンに目を覚ましてもらった驚きの方が大きかった。





やっぱりユリンは、他の女性とは違うんだ。





僕の周りにいる女の子はブランドを身に着け、遊びにふけり、男性にお金を使わせても当たり前と思っている。





ユリンは、人として当たり前の事、僕が忘れてしまいがちな普通でいることを真面目に真剣に教えてくれる。





謝らないといけないのは僕のほうだ。そう、これは僕のお金であっても実は違うんだだね。今まで彼女達の優越感のためだけにお金を使ってたんだね。








「分かった。じゃあ、いつも友達と行き着けのイタリアンでもいい?」





「うん。」













‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
それから僕はできる限りユリンをデートに誘った




幸いいつも彼女は快く承諾してくれるけど、ちゃんと付き合ってる訳でもないし、そろそろハッキリさせないとな。










今日もスンヒョンとデート。





でも私達恋人ってわけでもない…だってお互い意思確認した事ないし…
スンヒョンからの告白はないし、私から出来るわけもない。





それに私は彼より5歳も年上だし、きっと彼も周りの女の子と違うタイプだし珍しいのね。だから誘ってくれるのかしら…




私、好きになんてなっちゃいけないんだ、逢えば逢うほど欲張りになってしまう。もっと逢いたい…もっと一緒にいたい…でも私から気持ちを打ち明けてしまうと、この
関係も壊れてしまいそうで怖い。





デートの帰り。私はいつも笑顔でサヨナラを言うの、彼の車が見えなくなるまで見送る。もしかしてまた戻ってくるんじゃないか…そんな期待をいつもしてしまう。

いつまでこんな気持ちままでいなきゃいけないんだろう。





















なんだか今日のユリンの様子がおかしい…いつものユリンじゃない。
なんだか会話中も上の空で、ぼんやりしている。




「ねぇ?ユリン体の具合でも悪い?」





「ううん…大丈夫よ。なんで?」





「だってずっとぼんやりしている。楽しくない?」





「楽しいよ。」





ユリン、顔引きつってるけど…





「何かあるんならちゃんと話して、それとも僕には話せない?」





「いや…そうじゃなくて…あ~どうしようかな?
言ったら楽になるかな?
あ~もうどうなってもいいや。」





「スンヒョン。私と付き合ってくれない?」





「………。」





「駄目…かぁ。」





「なんで…なんでユリンが言っちゃうんだよ。それは僕が言う台詞でしょ?もうどういうシチュエーションで言うべきか考えてたのに…」





「あ~ごめんなさい。私やっぱり駄目だ。「」





「ううん…大丈夫だよ。


じゃあ僕からも改めて…ユリン僕と付き合ってくれるね?」














‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

再会から始めてお互いの気持ちを確かめる事が出来た。









当然2人が愛し合うのに時間は要しなかった。








仄かに色づいた蕾がやがて深紅の花を咲かせるように、愛し合うたびに彼女は美しくなっていった。








彼女はいつも僕の腕に抱かれながら言うんだ。



「スンヒョン私を離さないでね。」





「もし離れてしまったら必ず見つけだしてね。お願いよ。」













赤く咲き乱れた大輪の花は僕をたちまち虜にしてしまったんだ。もう二度と僕達は離れられないほど深く、深く愛しあってしまったんだ。








そして、この幸せな時間を永遠にしたいと願わずにはいられなかった。








‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

僕は以前から予定していた語学留学に1ヶ月程韓国を離れることになった。ユリンと離れるのは辛かったけれど、自分の立場を考えれば仕方ない事だ。





出発の日、ユリンは仕事のため見送りにはこれなかったけど、またメールするばいいよな。






行ってくるね。ユリン…




★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


おはようございます。



今日も1日頑張りましょう。



やっちゃった…







目覚まし時計を抱えてベッドから起き上がる。







また、寝坊しちゃったな…







寄りによって大事なミーティングの日に寝坊だなんて…







とりあえず支度しなきゃね~







あっ!コンタクト…



間に合わないか。まぁいいや~眼鏡、眼鏡…








‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥



ふぅ~なんとか無事にミーティングも終了して良かった。さぁ早く片付けてランチに行こう~。








「ユリンちょっと…」







パク女史…なんだか嫌な予感がする







「今日ランチ。OK?」






「ハイ…。」







「声小さいよ。」







「ハイ!」







パク女史。私の直属の上司で私の教育係。



すべてに完璧を求めるTHEストイック。



ランチのお誘い=本日の教育的指導。








いつものカフェに行くと既にパク女史が待ち構えていた。






私が座るやいなや

「ねぇ?あなた私を笑わせたいわけ?」







「へっ?」








「だからそのサイズが合ってない眼鏡なんとかなんないの!



入社当時から言われてるでしょ?会社での身だしなみはTPOをわきまえることって?」








「あっ、はい。」







「全くあなたって人は…頭はいいのに、なんか抜けてるねよね…大丈夫なの?」








…返す言葉が見つかんない…とりあえず笑っておくか…








「笑ってごまかすな。



ねぇ?話変わるんだけど、さっきからずっと私達を見ているイケメンがいるんだけど、あなたの知り合い?







「え~どこですか?イケメン…」







「ばか、キョロキョロしない。こっちが意識してるように見えるじゃない


だから、私達のテーブルから真っ直ぐ見て突き当たりの三人組の男の子達。壁側に座ってるイケメンよ。」







「あ~あ…知りません。」いまいち見えづらいけど多分知らないな。







「私の知り合いにもいないしね…じゃあ何故私達を…」







「あ~分かりましたよ。きっと先輩があんまり綺麗だからナンパしようとしてるんですよ。」







「えっ…そうかな。どうしよう~ちょっと若すぎない…まぁどうしてもって言うなら考えてもいいけどね…」







「先輩。こっちに向かって歩いてきますよ。」







こっちを見ていた男性はスッと椅子から立ち上がると真っ直ぐ私達のテーブルに向かって歩いてきた。







「あの…。」







「ハイ。」







「あっごめんなさい。あなたじゃなくてこちらの…」







私…







そのイケメンは私に向かって、そっと手を差し出した。







「ユリンだよね?」







なんで私の名前を知ってるの?







「わからないかな?僕だよ。分からない?」







「え……と。」







私の記憶にこんなかっこいい人見当たらないんだけど…あっ!でも彼はこんなに痩せてなかっし…えっ?でも似てるような…似てないような…







「もしかして…スンヒョン?」







「思い出してくれた。久しぶり~元気だった?」






「え-あのスンヒョンなの?嘘みたい…だって…あんなにポチャ…」







「ユリン。感動的な再会中申し訳ないんだけど…そろそろ社に戻らないといけないんじゃない?」おもしろくなさそうな顔をしたパク女史が時計を指差していた。







「あぁ…すみません。スンヒョンごめんね。私もう行かなくちゃ。」







「ユリン、携帯貸して。」







スンヒョンは携帯を受け取ると自分の電話番号を入力しながら







「仕事が終わったら電話して、待ってるから

じゃあ、お仕事頑張ってね。」







先輩に一言詫びて私達の席を跡にした。







私は、あまりのスマートな彼の立ち振る舞いに驚きを感じていた。










午後は、スンヒョンの事も忘れてしまうほど忙しくて、帰宅したのは夜9時を回っていた





あ~疲れた~もうお風呂入るのも面倒くさい~





あっ!スンヒョンに電話しなきゃ。











‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥


友達とランチを食べにカフェへ







テーブルについて人で賑わう店内を見渡してると…。







んん…あれは…







僕達が座るテーブルから真正面の厨房近くのテーブルに見覚えのある人が…







あの顔の小ささに合わない黒縁眼鏡は…彼女しかいないユリンだ。







良くみていると隣のおばさんに怒られてるように見えるけど…







僕は、そんな彼女を暫くの間ずっと見ていた。







昔に比べると化粧もしてヘアスタイルもおしゃれになって、洋服のセンスも悪くない。
驚くほど可愛くなっていた。



しかし、勿体ないな~あの眼鏡。







彼女達の食事が終わるのを待って彼女のもとへ向かった僕。









果たして彼女は僕だと気づいてくれるだろうか…






声をかけると何故か隣のオバサンが反応したけど…







えっユリン。僕の事分かんない?







確かに分からないのも無理はない。高校の頃の俺は太っていたから今の自分とはかなり印象も違うだろうけど…顔はあんまり変わってないと思うけど…







最終的には、ユリンも思い出してくれて感動の再会を果たせた。







仕事に戻らないといけないと言うユリンに自分の携帯番号を登録し電話をくれるように伝えたものの未だににかかってこない。







大学入試に無事合格しお礼の電話をしたっきり、その後連絡がつかなくなってしまった。僕も新しく始まった大学生活や短期留学で韓国をはなれたり忙しい日々のなかで忘れていたのか忘れようとしていたのか…







今となればどうでもいいことなんだけど…







でも、今まで誰ともつき合わず今に至っている事を思えば、気持ちのどこかにユリンがいたのかもしれない。







そうなんだ。今日偶然に再会した彼女を見て疑問は確信へと変わった。







僕は彼女を求めていたということが…。









‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
携帯がなる





「もしもし。」







「あの~ユリンです。」






「もしかして僕の電話忘れてた?。」







「ごめんね。仕事が忙しくて今帰ってきたところなの…もしかして私の電話待っててくれてたとか?」







「あっ嫌、別に待ってはいないけど…」







「でも本当に驚いた。あんなにかっこよくなってるなんて…最初分かんなかったよ~」







ユリンは、二年の空白などなかったかのようにしゃべり始めた。





ちっと待って…突然ユリンの携帯が繋がらなくなったから僕達は二年も会えなかったっていうのに…もう忘れたのか?





「ごめん。ユリンちょっと聞きたいことがあるんだけど…いい?








「えっ…いいけど。なぁに?」







僕はユリンの電話番号が変わってしまって音信不通になった事。会えなくて寂しかったこと、心配したことを彼女に伝えた。







「ハハハハ…そうだったね。

あれから私二回も携帯なくしちゃったんだよね。




で、うっかり忘れてて…私のことなんてすぐ忘れちゃうと思ったから…」






あ~そうだった。



ユリンは頭いいのに何かと抜けていて、家庭教師してる時からも携帯なくしたり眼鏡壊したり…いろいろあったなぁ~





思えば始めて眼鏡を外した彼女に心惹かれ始めてたんだよな…僕。





その失敗をケラケラおかしく話す彼女が可愛くて、愛おしいとも感じたよ。







「ねぇスンヒョン聞いてる!ねぇ?」







「ユリン。今度の日曜日は予定あいてる?」







「えっ?何も無いけど…。」







「僕とデートしない?」







★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★








彼女と出会ったのは俺が高校二年の時だった。








その頃の俺は利己的で尖ってて、親の財力にかまけてやりたい放題。

学校には行ってはいたけど勉強なんて適当で、仲間と連んでは遊んでばかりいた。








さすがに両親も、大学受験を心配し始めて、グループの跡継ぎが三流大学にもひかからないなんて恥はさらせないと受験勉強のために家庭教師をつけると言い始めて…








俺は、てっきり金でどうにでも解決出来ると思っていただけに両親のこの行動には驚かされた。








早速、知り合いの娘でソウル大学の四年生でかなりの才女を見つけてきたらしい…








おまけに、俺が良からぬ思いを起こさぬよう俺の好みとはかけ離れたタイプを選んでくるという念の入れよう…。








彼女を一目見て意味がわかった。









Tシャツにジーンズ、長い黒髪を一つにまとめ、小さい顔に大きな黒縁メガネ。化粧も全くしてなくて、これじゃあ大学生じゃなく、俺より年下と言っても通用するぐらい幼かった。


















『なぁ~今日お前この後何かある?』








ジヨンが、帰り際に話かけてきた。








『今日オープンするクラブに行くって話があんだけど、お前どうする?』







『あぁ…どうしようかなぁ?』








『あれ?お前今日から家庭教師が来るとか言ってなかった?』後から教室に入ってきたヨンベが会話に加わった。








『あぁ~。』








『えっ!そうなの。その家庭教師って可愛い?どんな感じ?』珍しくジヨンが食いついてくる。








『いや、行くよ。今更勉強したところで…。行こうぜ。』








『いいね~じゃあ行こうぜ。で、家庭教師って可愛いの?な~教えろよ!』











結局、みんなと別れて帰宅したのは午後11時…







玄関ホールに見慣れない薄汚れたスニーカーがポツンと残っていた…








幸いオヤジは海外に長期出張でしばらく帰ってこない。








従って夜遊びしても怒る人はいないわけだ。








そのまま真っ直ぐ俺の部屋に向かうと誰もいないはずの部屋には明かりが灯り、話し声がこぼれてきた。








そーっと部屋をのぞくと家庭教師の彼女と母親が楽しそうに会話しているのが見える。








その場を去ろうとした時、ドアの音に気づいた母親と目が合ってしまい…。








「あら?スンヒョン…
あなた何時だと思ってるの。


今日は先生がいらっしゃるから時間に遅れないように帰ってきてねって、あれほどママお願いしてたのに携帯に電話してもつながらないし…もうママ心配してたんだから…

パパに怒られるのママなんですからね。本当に仕方のない子なんだから…」








俺は、母親のお小言を聞き流しながら彼女をみていた。








「ユリン先生もあなたを心配してこんな遅い時間まで待っててくださってたのよ。


ママは何度もお帰りいただくよう頼んだんだけど…

もう、ぼーっと突っ立ってないであなたからもちゃんと謝りなさい。」









誰も待っててくれとは頼んでないけど…








ひとしきり母親が喋り終わるのを待ち構えていたように彼女は立ち上がり







「お母様。私これで失礼します。
スンヒョン君にもお会いできましたし、彼アルコールも飲んでいるようですからお勉強の方は明日からでよろしいのでは?


明日からの学習スケジュールは先程お渡しした資料にありますのでスンヒョン君にお渡しください。では、私はこれで…」







そう告げると彼女は俺に視線を合わせることなく部屋を出て行った。








「先生、ご自宅までお送りしますわ。先生にもしものことがあっては困りますから…」と慌てて母親がその後を追いかけて行ってしまった。








『なんだよあれ?』












結局、俺は次の日もまた次の日も授業をすっぽかしてジヨン達と遊んでばかりいた。








帰宅時間はさすがに朝帰りはなかったけど、時計は翌日を指すことも多かった。








何時に帰ろうと必ず玄関には、あの薄汚れたスニーカーあり、部屋には必ず彼女がいて、また明日と一言残し帰っていく。







机には今日の課題と問題の解説をつけたメモが必ず残されていた。








一週間程続いただろうか?そんな俺のちっちゃな反抗はオヤジの帰国と共に終焉をむかえることとなる。








翌日から、一切の外出を禁じられ学校への送迎も監視つきで逃げ出す事もできない。



















私がLGグループのお坊ちゃまの家庭教師?








父親から、家庭教師を頼まれてくれないか?と言われ安請け合いした私。







相場よりかなり高額なバイト代に大学合格のあかつきにはさらにボーナスもときたら飛びついちゃうよね?








でも、相手がLGグループのお坊ちゃまときたら話は変わってくる。








卒業旅行の費用と一人暮らしに費用に頭を悩ませていた私には願ってもない話だったけど…








でも、受けたからにはなんとしてでも合格させなければ…大切な費用がかかってるんだから…








そんな私の意気込みをあのバカ坊ちゃまは、いとも簡単に踏みにじっていったわ。








初日に、アルコールの匂いと女性の香水の匂いを振りまきながら帰ってきたバカ坊ちゃま。








謝るどころか、何が悪いんだとばかりの生意気な視線。








私の雑草根性に火をつけたバカ坊ちゃま。








その日から私は彼の帰りを待ち続けた。こうなったら意地でも授業受けさせてやる。








まぁ結局は、バカ坊ちゃまのお父様の帰国でささやかな反抗は幕を下ろしたんだけどね。








勉強を始めたものの…やる気ゼロ…あんた人の話聞いてんの?








お茶の時間に運ばれてくるスイーツを食べてる時だけは、可愛い顔して食べるくせに。








そりゃあ、こんなに美味しいスイーツばっかり食べてるから、こうなる訳だよ。








この頃の彼は、お世辞にも格好いいとは言えず…







顔はいいのに、ぽっちゃりしてたから…
すくなくとも私の好みではなかったわね。








そんな感じで1ヶ月も経った頃、少し彼に変化が表れた。








驚いた事に急に、私の授業を聞き始めたのだ。








こっそりお母様が教えてくれたのには、学校での授業も真面目に受けるようになったとか…先日のテストでも何年か振りにまともな点数を取ってきたと涙ながらに感謝された。








なんだ。やればできんじゃない!








私に対しては相変わらず憎たらしい態度をついてたけど、この際そんなことはどうでもいい。








肝心なのは成績を上げること、大学に合格する事なのよ。













『なぁ?スンヒョン。お前大丈夫か?』心配そうな顔でジヨンが俺の顔を覗いてくる。








『何が?』








『何がって、毎日俺達とも遊ばず家庭教師のお姉さんと勉強だろ?』








『あぁ…』








『たまには遊びに行こうぜ。勉強ばっかりじゃあ、おかしくなっちゃうぞ。』








『あぁ…』








『なんだよさっきから…俺の話聞いてんのか?』







『あぁ…』








『もう、いいよ。勝手にしろ!』







俺は、ジヨンの声を聞きながら昨日出された数式を無意識のうちに解き始めていた。







最近の俺は、ジヨンの言うとおりおかしいのかもしれない。








以前の俺とは違ってきてるのかもしれないな…俺確かに勉強が面白くなりはじめてきた。








問題が面白いように解け始めると、授業が楽しくなってきて、おまけにあんなにわからなかったテストで何年かぶりにまともな点数をとり心底嬉しかった。








何が理由かは分からないけど、彼女…ユリンのおかげなんだろうか…








あれ?俺なんで彼女のこと考えてんだろう















その日いつも通りに彼女を待ってると、部屋に入ってきた彼女を見て驚いた。








いつもの大きな黒縁メガネを外した彼女。








つい見とれてユリンの顔から目が離せなくなってた。








「何?何か私の顔についてる?」








「あぁ…いや…その…眼鏡は…眼鏡どうしたの?」








「あ~これね。昨日帰り道に自転車で転んじゃって眼鏡壊しちゃったんだよね~コンタクトにしてみたんだけどおかしい?」








「あぁ…いや、かわ…可愛い。」








「えっ…?」








「だから…可愛い…そっちのほうが可愛いっ言ってんの。」








「あっ、ありがとう。」







今思えばきっとこの頃からなんだろう…俺は彼女を意識し始めていたのかもしれない…







‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥


皆様、お久しぶりです


妄想すとーりー再開しました。


最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。


ちょっと時間があいてしまったので、序章もあげときました。


ころからもよろしくお願いします。
朝の慌ただしい時間…








裕之と過ごせる唯一の食事の時間。








「今日は出かけるの?」







「えぇ…今日は、鈴木専務の奥様達とお茶のお稽古。



その後は、いつものようにランチだけど…昨日話したのに、すぐ忘れちゃうんだから…。」








「ゴメン。多分、今日はそんなに遅くならないと思うから、うちで飯食うよ。」









「嬉しい~。じゃあ今日は頑張ってご馳走つくらなきゃね。」








「あっ!ヤベエ…こんな時間だよ。じゃあ、行ってくるね。」








お出かけ前のキスもそこそこに飛び出していく。







「さぁ私も支度しないとね。」








手早く家事を済ませ、身支度を整える。








髪は簡単にアップして、着物を着付ける。








今日は、鶯谷色の色無地に、牡丹をあしらった白い帯を合わせてみる。








まだ、外気は冷たいからショールも用意した。








最近は、出かける時は着物を着ることが多い。



着物好きな裕之の母親の影響もあるけど、元々着物には興味があったしね。








最近では、着物姿で歩いていれば日本人に間違われる。








さすがに話すと独特のイントネーションもあって日本人とは言われないけれど。








私は、韓国人。名前は、ユリン。








日本に来て5年になる。







夫の裕之とは、2年前に結婚。








現在は、週2日韓国語教室で講師を勤めてるけど、基本は専業主婦。








何か目的があって来日した訳でもなく、友人を頼り、韓国を離れる事を反対する両親から、逃げるように韓国を後にして5年。








結婚を機に、両親との確執も溶けたものの帰国するのも年に一回程度。








来日したものの目的があったわけではなかった。




最初の一年は語学学校に通いながら、バイトをして足りない分は、貯金を食いつぶしながらのやっとの生活。








言葉も通じない国で、最初は不安ばかりだったけど、友達も出来て少しずつ楽しく過ごせるようになってきていた。








バイト先の友達の紹介で裕之に会ったのは3年前…








父親は会社社長、有名大学卒業、学生時代はキャプテンを務めたアメフトで汗を流し、長身で鍛えた体、語学留学の経験もあり英語も堪能。








性格は明るく、笑顔が絶えず、いつも人の輪の中心にいて、誰からも慕われ、女の子からも人気が高かった。








そんな彼と私は恋に堕ち、いつしか愛し合うようになっていた。








もちろん、周りからは反対された。








特に裕之の両親は、快く思っておらず、何度も裕之と許しを得る為に掛け合ったが話も聞いてもらえない状態が続いた。








そんな私達を助けてくれたのが、裕之の会社の社長であり、裕之の叔父にあたる佐々木の叔父様だった。








韓国にも多くの友人もいる叔父様は、結婚前から何かと世話になって助けてもらっている。








佐々木の叔父様の説得のおかげで私達は結婚できたようなものだ。








来日して5年…








日常会話には、ほとんど困らないまでに上達した日本語。








和食好きな裕之の為、和食のレパートリーも増えた。








茶道と花道をたしなみ、着物も着るようになった。








韓国にいた頃の私とは違ってしまっただろうか…







変わらないもの…変えられないもの…








この香りだけは変わらない…








何度か香りを変えようとしたけれど、何故か好みの香りに出会えず、未だにこの香りを身につけている。







忘れていないこの香りを…





‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥




「ちょっと外の空気がすいたくなったから誰か寄越してくれないか?」








「お車をご用意しましょうか?」








「いや、ちょっと歩きたいだけだからいい。」








「スンヒョン様、午後3時には、お客様がおいでになりますから、それまでにはお戻りください。」








父親のお供で来日して3日…








俺の肩書きは、名ばかりで、いずれ父親から社長の名前を譲り受け、将来的にはグループ全てを手にするだろう。








周囲の人間は…



苦労も知らず…手に入れられないものはないだろう…と揶揄する。








俺にだってプライドはある。好き好んで親の敷いたレールに乗ってる訳ではない。








しかし、一人息子である俺は両親を裏切ることはできなかった。








親が勧めるがままに会社に入り、親が決めた相手と二年前に結婚した。








何より母親を悲しませたくなかった。












3月の東京は、少し暖かく感じた。








賑わう街の人混みを歩く







街の喧騒は、寂しさや不安を紛らわせてくれる。







一時間程歩いただろうか…







ホテルに戻ると、キム部長がロビーで俺を待ち構えていた。








部屋に向かうロビーで数人の着物姿の女性達とすれ違う。色とりどりの着物姿は美しかった。








部長と打ち合わせをしながら歩いていると、ほのかな香りが俺の鼻孔をくすぐった。








振り返ると黒髪をアップした着物姿の女性が足早に通り過ぎた後だった。







薄い緑色の着物は、綺麗だったが、それ以上に彼女の立ち姿に心奪われた。








未だに忘れられない香り…








憎もうとしても憎めないあの人に送った香り…








5年たった今もあの人が残した棘は、俺の胸に刺さっている。抜こうとすると、胸を傷つけながら更に奥に刺さっていく。






いつになれば、この深く突き刺さった棘は抜けるのだろうか…








**********************



皆様お久しぶりです。



今回は、タプさんです。


皆様それぞれに思いがあると思われます。



決して無理なさらないよう、気に入らなければジャンジャンスルーしてくださいね。



最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。



みーず師匠

なんとか締め切り間に合いました。
ありがとうございました。