2017 初秋
去年から入退院を繰り返す母・・・
入院時ICUにいましたが暫くするとHCUに移りました、が
何時もなら此処から回復していくはずが、又 二酸化酸素と酸素数値のバランスが悪く、ICUに戻ってしまいました
数日後、担当医(病院医院長)から今後のことで話が有ると言われ、日程調整し病院へ行った
担当医に以前から言われた事は、人工呼吸器の体への負担のことの相談だった
担) 今まで通り緊急性で人工呼吸器の処置をするか? 喉にカニューレを通し処置での体への負担を減らすか?
と言う話であった・・・
担) 今までの病状の状態での繰り返しの人工呼吸器の出し入れが体への負担が大きい事と
母の今までの回復を見ているとオペをしても回復が早いのではないかとの見解
私) オペの際のリスクは有りますか?
担) 少しの間会話や食事の制限が有りますが、リハビリでの対応で会話や食事(簡単)な事も 可能です
難しい選択だったので、本人に確認してからの返答する事にして頂いた
同時期保険会社の封書が届き、前回の入院での生命保険の保障日数の上限まで達してしまい、病気入院の分の生命保険の保証は無いと言われてしまった(ノ_-。)
数日後、姉にオペの話をしながら姉の気持ちを確認、
姉) 体の負担も解るし、状態の事も解るし、孫とももっと会わせたいし、正直難しい…
と言われた。
妻は手術をして少しでも孫やビンカに会える機会が有ればいいと思うと言う意見…
私は、体の負担も心配だが辛い思いや痛い思いは扠せたくないと思う意見…
母は、怖いと言っている…
その数日間、多分私の中で一番頭を使った究極の選択をしなければならない事だったかもしれないでした。
結局…最終的に私が全責任を持つ覚悟で手術をお願いした、母には手術の時間が短く此処のICUのベットで出来ること、その後リハビリによって食事や会話、孫に会える事を少し話した、
若干安心させるために誤魔化した部分もあった…
数日後、手術が行われ数時間後(麻酔切れるまで)待ち、母に再会したが、術後だったせいかとても痛々しい姿との面会だった…
その日から又、新たな親の看病の日々が始まった・・・
2017 夏から秋
今年に入りかなり救急搬送での入院が多く成ってしまい、私たち夫婦も少し疲れ気味な感じが続いた。
病院に搬送されると、
処置室での応急処置と状態安定確保に数時間・・・
次にICUに移り処置が住むまで通路の椅子で待つこと数時間・・・
病院に着いてから、やっと母の姿を確認するまで短くても四・五・時間掛かる・・・
そんな事が繰り返していく中、些細な事で夫婦喧嘩になることも屡々ある
最悪は、言い合いに成ったままその場を去ってしまい、プチ家出・・・(x_x;)
以前の病院で食事制限を開始された後、元々我慢が苦手な母はよく隠れてお菓子やパンを食べていた、命にかかわることなので見つけては注意し後日又発覚そして注意の繰り返し…
最悪は、夜お菓子の袋を見つけた私はその虚しさや憤りを戻せないまま、手に怪我をして入院手術コース・・・
その事を知った主治医に
「あなた達が壊れて仕舞うから気をつけて」 と言われたことが有る・・・
親なのに・・・
親だから・・・
複雑な思いが続いた・・・
2017 夏
救急搬送された母…
今回は、3カ月ほどの入院で順調に、回復し一般病棟に移りました、
7月に入り母の退院の準備が進む中、中々老健の空きが無く
ギリギリまで病院生活を送っていましたが、漸く空きが出来た時に担当医が都合で不在だった為チームドクターの処方箋の元退院しました、
通常3ヶ月の処方箋が、数週間分しか出せないとの事で、老健の手続きが少し面倒になりましたが、無事退院出来ました。
強化リハビリの入所3ヶ月メドの手続きに加え、短期入所の手続きも行い、2週間後退所し、外来を受診して処方箋を3ヶ月分貰い再びの入所と言う形に為りました。
入院時に退院したら何食べたい?
と退院が決まった時に、聞いていた所…
回転寿司のパンケーキ…
と答えた母でしたが、時期的にメニューには無く、退院の手続き(会計)も慌ただしく成ってしまい、時間の都合上病院から直行での入所に為ってしまいました。
施設に着いた時母は、
「パンケーキは無いの?」(:_;)
と呟き、そのまま入所に為ってしまいました・・・(ノ_-。)
2週間後には家に帰れるので、その時に食べる事を伝えましたが・・・
余り納得できてなかった様子(´_`。)
暫しその後・・・
2週間後の外来受診を控えた3日前、施設から電話が有りました(ノ゚ο゚)ノ、
「酸素の安定度が低いので、酸素ボンベを使用しています、週明けの病院の予約より早く受診した方が良い事と、それに伴い移動に介護タクシーを使わなければならない事」
介護タクシーって結構高いですよね(T_T)
仕方が無いので了承して、翌日施設に向かい私と母を乗せた介護タクシーは、
病院に向かいました。
道中何時もと違うコースを走りながら、外の景色を楽しんでいるかの様な母の目線の先には、
パン工場での訳アリ品に並ぶ日人々…
食事処…
等々・・・
病院に着いた母は、安心したのか?眠ってしまい、病室(ICU)に付くまでの記憶が薄かったみたいです。
再びの入院生活の母・・・