Ciyocaのブログ〜 I want to live my life as who I am 〜

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「いつも自分らしく在りたい」〜素のままの自分で人生をもっと楽しむワタシのブログです^ ^

「これは誰にでも
できることだから」



そう言って
特に何の思いもなく
あらかじめ決められていることを

必要な程度にやる



それは
毎日の仕事だったり
いつもの家事だったり
コミュニティの活動だったり



その在り方も
もちろん一つだし
良し悪しを言うものではないけれど



たとえ誰にもできることでも
ココロを込めてやってみる
関わる人のことを思ってやってみる



そうすると
同じ誰でもできることでも
それを誰がやったかは
不思議とわかるもので



誰でもできることが
その人にしかできないことに
変わったりもする



そして
その後で見えてくる景色や
繋がるご縁も同じように
変わってくる



誰にでもできること
だからこそ

 

 

 

手に入れたいものや
叶えたい願いや
抱いている理想が
現実になった時の自分を
思い描いた時に



一緒に現れた
幸せなキモチや
満たされたココロや
素敵に感じたオモイは
泡沫のように消えてしまう



そして
現実に引き戻されて
夢見るだけの自分に
改めて気付かされる



だけど
思い描くことを諦めてしまったら
ソレが現実になることは
おそらくほぼないだろう



今はまだ
自分だけの思い込み
でも
その思い込みを
手放すことはしない



だって
抱いているその思い込みは
きっと現実になることを
今もずっと望んでいて



大切に抱いてくれている
「自分」が
本当に叶った時に
どんな自分になるか見てみたいと
今もずっと思っているから

 




 

今日1月7日は
人日(じんじつ)の節句


その起源は
古代中国の占術的思想に遡り

一月一日は「鶏の日」
一月二日は「狗の日」
一月三日は「羊の日」
一月四日は「猪の日」
一月五日は「牛の日」
一月六日は「馬の日」
一月七日は「人の日」

と対象を定めてその年の運勢を見たり
その対象の殺生はしないことで
敬意を表すなどの習慣があったという



「人の日」も今となっては
七草粥を食べることで新年の始まりを祝いつつ
身体を休めて無病息災を願う
そんな意味合いの方が馴染み深い



人に対する敬意と慈悲の心を象徴する日
それはもちろんのこと



そうでない日であっても
「いただいている命」あってこその今を思えば
「いただいている命」には本来常に感謝すべきなのでは
と改めて思う



せめて食事前の
「いただきます」には
そのような思いをちゃんと込めて