今回の高野山の旅のほとんどは、
Youtube「Koyasan 天風チャンネル」を
参考にさせてもらったの。
高野山や仏教初心者でも楽しくみられて、
勉強になるチャンネルです。
その中に
高野山の町石(ちょういし)を取り上げた回があって、
マニアックで面白いなって思ったんだよね。
高野山 胎蔵界 町石道を ブラタモリで有名な 木下先生と歩く旅 - YouTube
NHKブラタモリの高野山の回で案内をした
木下先生が町石の説明をしてくれている。
残念ながら、
この回のブラタモリは見てないんだけど、
きっと面白かっただろうね。
Youtube「Koyasan 天風チャンネル」の通り、
大門から町石を見て行く。
江戸時代中期に再興された物だとか。
Youtubeで見たままの事を書いちゃうけど、
高野山の町石は、破損したら立て直すを
繰り返しているんだって。
退廃と再生を繰り返し、生き続けているんだね。
これは大正時代に再興されたんだって。
最初は鎌倉時代に建てられたものを再興したんだとか。
町石は地面の下の部分に、
さらに1メートルくらい埋まってる部分があるんだって。
これは紀州藩出身で
鳥取藩に嫁いだお姫様が立てたとか。
柵の中にあるのが桃園天皇の女御さんが立てた町石。
桃園天皇を知らんけど。
位の高い女性が立てたっていうのが、
凄い事なんだって。
これが一町石(いっちょういし)で、
最後の女帝・後桜町天皇のお母さんであり、
桜町天皇の奥様だった女性が
立てたんだって。
数が小さい町石(一町、二町など)ほど、
位の高い人が立てたっていうのが、
文献からも分かるらしい。
女人禁制の高野山で、
女性の信仰が大きかったことも、
この町石からも分かるとのこと。
ここまで写真を撮って、思ったのが
「町石を追いかけてたら、キリがないね。」
初めての高野山だし、
見たいところも沢山あるし、
町石を追いかけるのは、ここまでにしよう。
かなりマニアックだけど、
こういう石によって歴史が分かるってのも面白いし、
時空を超えて当時の息吹を感じることが
出来ると思うんだよね。
超マニアックに知る必要なんてないけど、
触りだけでも知ってたら、
道を歩くだけで発見があるよね。
イタリアのアッピア街道でも
1マイルストーン(町石)を追いかけたので、
日本でも町石を追いかけるのは面白い。
アッピア街道の始点 | Un bel giorno di tredici (ameblo.jp)




