フィレンツェやラヴェンナを中心に
中部~北イタリアにダンテゆかりの地が多い。
実はルネサンス期頃(14~16世紀頃)は
ダンテの名は忘れられた存在だったんだって。
イタリア統一運動(1815年~1871年)が始まった頃から、
再びダンテが注目され知名度がイタリア全土に広がったとか。
その後は「イタリア語の父」として
全てのイタリア人にとって特別な存在であり続けている。
まずはヴァチカンの「隠れダンテ」から始めましょう。
ダンテど~こだ?
居ましたぁ~。
ラファエロの『聖体の論議』に隠れています。
同じくラファエロの『パルナッソス』にも隠れダンテ。
ルネサンス期にダンテは忘れ去られていたとされているけど、
ラファエロの絵の中に書かれているという事は、
知識人の中では忘れられる事はなかったってことかな。
ヴァチカン美術館 | Un bel giorno di tredici (ameblo.jp)
2021年3月25日、ヴァチカンもダンテ没後700年にあたり、
使徒的書簡を発表している。
ダンテ没後700年に教皇の使徒的書簡 - バチカン・ニュース (vaticannews.va)
続いてはナポリのダンテ。
ナポリ地下鉄のダンテ駅ね。
ダンテ駅には『饗宴(Il Convivio)』の一節が書かれてる。
世界で一番美しい駅 | Un bel giorno di tredici (ameblo.jp)
最後はシチリアの街・カターニアのダンテ。
サン・ニコロ修道院・教会。
サン・ニコロ修道院・教会 | Un bel giorno di tredici (ameblo.jp)
ここはダンテの地獄編をイメージして作られたホール。
北イタリアから南イタリアまで、
様々な場面でダンテがイタリア人に影響を与えていることが分かるね。
偉大なるダンテです。
ダンテの日(DANTEDÌ) | Un bel giorno di tredici (ameblo.jp)
ダンテといえばフィレンツェ | Un bel giorno di tredici (ameblo.jp)






