2009年のイタリア映画祭で上演された
『ジョバンナのパパ(il papa di giovanna)』が
『ボローニャの夕べ』とタイトルを変えて、
今年、日本で上映されることになった。
“心温まるハートフルムービー”的な
キャッチフレーズを予告で見た時
「嘘だぁ~~~。」
友達と私はハッキリと言った。
心癒されようと思って観に行ったら、怪我しますよ。
多分、立ち直れませんよ。
『ボローニャの夕べ(il papa di giovanna)』
監督・脚本 プーピ・アヴァーティ
(pupi avati)
2009年。
上映前にシルヴィオ・オルランドが、
トークゲストで出演する回を観に行った。
「愛と、その危険性について話します。」
と彼のトークは繰り広げらる。
映画を見た後、
ジョバンナの愛の危険性については、
単純に「危険」という考えでいいと思った。
しかしジョバンナのパパの娘への
盲目の愛の危険性は大きすぎると思う。
シルヴィオ・オルランド自身も
「もし自分だったら、
こんな風に自らを無にして愛するようなことは出来ない。」
と語るほどの危険性をはらんでいる。
物語の中でパパが自分の感情を現したのは、たった一回。
ジョバンナが殺した友達の親に会いに行くと言い出した時、
「お前のせいで私は職を失ったんだ。」
静かに言った。
このシーンだけだ。
狂気の中でストーリーは進んでいく。
娘がだんだん狂っていく中、
(あるいは狂っているのが表面に出てきただけなのか。)
パパからは“悲しみ”よりも、
信じて愛するという感情を強く感じる。
それは、あまりに強く、あまりに静かに現されていた。
一見、誰もマネの出来ない愛だとも思えるが・・・。
なぜ、彼の愛はここまで盲目なのだろうか。
映画の最初と最後にジョバンナ自身が
客観的にナレーションをすることで、
不思議にも彼女の狂気が薄まった印象を受けた。
ボローニャが暗く、陰気で閉鎖的な場所として
印象付けられてしまう映画だったな。
でも、ヴェネチア映画祭で評価が高かったんでしょ?
『バール・マルゲリータに集う仲間たち』と『EX』を見てから、
ボローニャとシルヴィオ・オルランドに
明るいイメージを持った後に、
「『ボローニャの夕べ』は重い」
ってあらかじめ心して観た方がいいかもね。
イタリア映画祭 2010