愛知県の昔話

昔、今の愛知県弥富市の筏川(いかだがわ)のほとりに、大変大きな松の木があった。隣の佐屋(さや)の宿場町までまだ少し距離があること、七里の渡しの近くでもあることから、この松の木の下は木陰で旅の疲れをいやす旅人でいつもにぎわっていた。

 

いつの頃からか、この松の近くに一人の若者と犬が住むようになった。若者は、松の木の下に旅人が脱ぎ捨てて行ったわらじがたくさん捨ててあるのを見つけ、わらじを作って売る商売をはじめた。若者のわらじは評判がよく、若者の家もだんだんと大きくなっていった。

 

ある夜のこと、一人の年の頃は16~17歳くらいの若くて美しい娘がやってきた。わらじを買いたいという娘のために、若者は手早くわらじを作ってやった。

 

 

次の日もまた次の日も必ず娘はわらじを買いにやってきた。そのうちに、若者は娘のことが気になるようになり、ある日思い切って娘に「自分のことが好きか」と尋ねてみた。すると娘は「わらじで船を作るために毎日通っている」というのであった。若者は少々落胆してしまった。

 

ある日のこと、娘は昼のうちに若者のところにやってきた。今日は別れを告げに来たのだという。びっくりする若者に、娘は自分はあの大きな松の木の精であると正体を明かした。

 

 

その昔、津島神社からおみよしにくるまれて川に流され、この地に流れ着き根を下ろしたのであるという。ところが自分を切って橋にしようという話があることを知り、わらじで船を作って津島神社へ逃げ帰ろうとしたが時すでに遅かったといった。

 

やがて松の木を切り倒そうと、大勢の男たちが松の木にのこぎりや斧を入れだした。そのたびに娘は苦しみ、やがて姿を消した。若者が驚いて外に出てみると、ちょうど松の木が切り倒されたところであった。松の木の根元にはたくさんのわらじで船のようなものが作られていた。

 

若者は松の木の小枝を挿し木にして、自分の家の近くに植えた。その松はやがて以前の松のように大きくなり、「おみよし松」と呼ばれるようになった。そして今もその木陰で人々をいやしているという。

 

出典:日本昔話データベース