岐阜県の昔話

むかし、飛騨の山あいを流れる小鳥川(ことりがわ)に沿って余部(あまりべ)という小さな山里があり、この村に九郎兵衛(くろべえ)という百姓夫婦が住んでいた。

 

この夫婦の間には信夫(しのぶ)という一人娘がいたが、信夫は娘の盛りをとうに過ぎても嫁にも行かず一人身であった。それと言うのも、信夫は色が黒く器量が悪かったからだ。そんな娘を思い、九郎兵衛夫婦はいつも胸を痛めるのだった。

 

 

そんな信夫が25歳を迎えた夏の終わりのこと。この日は年に一度の盆踊りの日。信夫もお祭りに行くように両親に促され、仕方なく家を出たものの、どうしてもお祭りに行く気にはなれなかった。不器量な信夫のことを、村の人たちが陰口を言っている気がしたからだ。

 

信夫の足は自然と氏神様とは反対の川辺の方へと向かい、気がつくと信夫は小鳥川に架かる小さな橋の上に立ち、水面(みなも)に映る満月を見つめていた。月を見ているうちに、不器量なために嫁にも行けない自分の切ない気持ちが胸のうちにこみ上げて来る。

 

 

すると何を思ったのか、信夫は水面に映った月をすくうように手で水を汲み、その水を飲み干してしまった。すると、その次の年の氏神様の祭りが近づいた頃、なんと不思議なことに、信夫は丸々とした輝くばかりに美しい男の子を産み落とした。そしてこの子は都に出て、後の世まで名を知られる飛騨の匠(ひだのたくみ)になったと伝えられている。

 

信夫が水面に映った月影を飲み干した小鳥川の淵は月ヶ瀬と呼ばれ、その後二度と月影を映すことはなかったという。

 

出典:日本昔話データベース