山梨県の昔話

池の主に取りつかれた女が残した湧き水の話

昔々、一人の美しい娘が峠道を歩いていた。この娘、もう何日もろくに食べておらず、まさに倒れようという時、水鳥に誘われて峠道の近くに池をみつけた。そして澄んだ池の水を飲み、ようやく生気を取り戻した。ところがこの時、一匹の美しい蛇が、池の中からじっと娘の様子を見ていたのだ。娘は蛇の姿を見ると、恐ろしさのあまりその場で気を失ってしまった。

 

しかしその時、折り良く薪拾いの爺さまが通りかかった。気を失った娘を見た爺さまは、娘を背負い自分の家に連れ帰ると、婆さまと二人で娘を介抱した。数日もすると、二人の介抱のおかげで娘はすっかり元気を取り戻した。娘は乙女と名乗り、両親に先立たれ、遠い知人を訪ねて行く途中だったのだと言う。

 

 

娘は、恩返しのためにこの家にとどまり、機を織ったり爺さまと婆さまの世話をしたりと、二人によく尽くした。子供のない爺さまと婆さまは働き者の乙女を気に入り、ゆくゆくは婿を取らせて家を継いでもらおうと考えた。

 

ところが、しばらくすると乙女は、夜中に布団から抜け出し外に出て行くようになった。乙女は毎晩家を抜け出し、決まって夜明け前に帰って来るのだった。そして日が経つにつれて、乙女は元気を失っていき、さらには妖気(ようき)まで漂わせるようになってしまった。

 

この様子を見た爺さまと婆さまは大層心配して、何とかして乙女の外出を止めさせようとした。そこで爺さまは、とうてい一晩では織れない程の糸を乙女に渡すと、これを朝までに織り上げるように頼んだ。爺さまと婆さまは、乙女が外出する暇を無くすしかないと考えたのだ。

 

夜になり二人が乙女の様子をそっと見ていると、なんとした事か、乙女は人間技とは思えぬ速さで糸を織り上げて行き、糸はあっという間に無くなってしまった。そして乙女は仕事を終えると、いつものように家を出て行く。爺さまがこっそり乙女の後をつけると、乙女は最初に倒れていた長峰の池(ながみねのいけ)のふちへと降りて行くではないか。

 

そして池からは、この池の主である大蛇が現れた。乙女は、長峰の池の主に魅入られており、夜毎この池に通っていたのだ。いたたまれなくなった爺さまは、逃げるようにして家に帰った。これに気づいた乙女は、爺さまを追いかけて家に戻ると、二人に別れを告げた。乙女はお世話になったお礼に、一生絶えない湧き水を残すと言うと、また長峰の池の主のもとに去って行った。

 

 

朝になると、家の裏の土手には乙女が言ったとおり澄んだ湧き水が湧いていた。そして不思議なことに、この水に手をつけると、爺さまと婆さまのカサカサの手はすべすべになった。二人は、この水は病気にも効くのではないかと思い、この水を使って病気の人のために湯を沸かしてあげた。

 

後にこの湧き水は乙女湯と名づけられ、乙女がやって来た峠は、乙女峠と呼ばれるようになったそうな。

 

出典:日本昔話データベース」