山梨県の昔話

昔、今の山梨県石和(いさわ)に一人の旅の坊さまが訪れた。坊さまは、安房の清澄寺を出てから宿らしい宿に泊まっておらず、折からの雨に降られ、どこかの家に一晩の宿を借りようとしていた。

 

ところがこの里では、どこの家も何かに怯えるように固く戸を閉ざし、坊さまを泊めようとはしなかった。通りがかりの村の者に訳を訪ねると、実はこのあたりでは川下のお堂から夜な夜な鵜飼の格好をした幽霊が現れ、家々を一軒ずつまわるのだと言う。そして川下のお堂にだけは泊まるなと坊さまに言い残し、男はそのまま立ち去ってしまった。

 

 

坊さまは不思議に思い、この川下のお堂に泊まってみることにした。すると夜も更けた頃、一人の男が坊さまの前に姿を現した。男は生前に川下で鵜飼をしていたと言う。男が話すには、この石和川(いさわがわ)では以前漁が禁じられていて、この禁を犯せば村全体が連帯責任で領主様から重い罰を受けることになっていた。

 

ところがこの男は耳が遠いせいもあり、この禁漁のお触れを知らずに石和川で鵜飼をしていたところ、村人に見つかってしまったのだ。そして男は、怒った村人たちによって簀巻きにされ石和川に沈められたと言う。今ではもう村人に恨みはないが、自分の魂は言う事を聞かずに夜な夜な村を徘徊するので、どうかお坊さまの力で自分の魂を休めてほしいと男は懇願する。

 

 

翌朝、坊さまは何を思ったか河原に出ると小石を拾い、小石に経文を一文字ずつ書き、これを川に投げ入れた。こうして、坊さまは昼も夜も経文を書き続け、数日後とうとう全部の経文を小石に書き終えた。それからというもの、この石和の里に鵜飼の幽霊が出ることはなくなったと言うことだ。

 

また、鵜飼の霊を慰めたこの坊さまは、日蓮上人だと伝えられている。

 

出典:「日本昔話データベース」