石川県の昔話

加賀の国の山里のとある寺に偉いおでさん(和尚様)が住んでいた。おでさんは毎日厳しい修行を積み、また毎日精魂を込めて写経を続けていた。

 

その頃、周囲の村々では若者が熊を殺し、その胆を売って大金を得る事に夢中になっていた。ある年の春先、若者達はまだ雪の残る谷に熊狩りに出かけ、ドンドヶ池と呼ばれる大きな池のほとりに出た。雪が深くて陸と水面の区別がつかなかったので、若者の一人が手槍を雪の中に深々と突き刺した。

 

 

ところが、この池には昔から大蛇が住んでいて、長い年月、修行に励んでいたのだった。突き刺された手槍の鉄気(かなけ)の為に一切の修行が破られてしまった大蛇は怒りに燃え、「お前達の寿命を奪ってやろうか!」と若者達に襲いかかった。若者達は命からがら逃げ出したが、その日から重い病に倒れてしまった。

 

村人は困り果て、おでさんに相談しに行った。熊狩りと言う無益な殺生に溺れた若者達に激昂するおでさんだったが、無碍に放っておく事も出来ず、ドンドヶ池のほとりに祭壇を設け、そこでひたすら経を読んで祈祷を始めた。そして丹精込めて書き写した経文を、惜しげもなく池に沈め始めた。

 

80巻も経文を沈めたところで、大蛇がイモリに化けて姿を現し「おでさんの読経と経文の御蔭で幾らか怒りが静まった」と話し出した。おでさんは大蛇に訊ねた。「合わせて100巻の経文をそなたに捧げる。それでそなたの願いは叶うか?」

 

 

「叶う」。大蛇の答えを聞いたおでさんは重ねて読経を続け、やがて合わせて100巻の経文を池に沈め終えた。それと同時に、大蛇が池の氷を破って姿を現し、見る間に竜に化身すると天へ昇って行った。

 

やがて、病に倒れた若者達も無事に回復した。こんな事があってからと言うもの、村人は今までの行いを反省し、虫一匹に至るまで大切に扱うようになったそうな。

 

「出典:日本昔話データベース」