イワレビコの命は、兄の死の悲しみを抑えながら、戦闘集団を引き連れて、進路を迂回して熊野の村に入った。すると、一行の前に大熊が姿を現し、立ちはだかった。けれども、大熊はたちまち藪の中に消え失せた。「今のは何だ!」そう、イワレビコは呟いたが、引き込まれように意識が遠のいていくのがわかった。一行の兵士の面々も皆、気を失って死んだように倒れ込んだ。大熊は、熊野の山中に住む荒ぶる神の化身であった。その荒々しい霊力に、一行はまんまとしてやられたのである。

けれどもこのとき、熊野のタカクラジという名の者が駆けつけて来て、イワレビコに一振りの剣を差し出した。するとたちまちイワレビコは意識を取り戻し「ああ、長く眠ってしまった」そう呟きながら、剣を受け取った。見事な剣である。そう思った途端、一行の兵士たちも目を覚ました。剣の威力が、荒ぶる神の霊力を打ち負かしたのである。その威力に驚いたイワレビコは、タカクラジに尋ねた。「この剣を、どこで手に入れたのか」、タカクラジが言うには、こうである。「私は夢を見ました。アマテラス大御神とタカミムスヒの神が、タケミガチノオの神を呼び出し、こう言いました。葦原の中つ国が何やら騒がしく、乱れているらしい。私の御子たちが困っている。あそこはそなたが平定、帰順させた国である。だから今度も、そなたが降りていって何とかしてくるがいい」とおっしゃった。