地域の旧道を歩くと、道の辻や三叉路に自然石で出来た「道祖神」や「庚申塔」と字彫りされた石、また「二十二夜供養塔」を見かけます。今回はこれらの石造物について髙山勇氏調査の「南八幡地区石造文化財調査表」に基づき阿久津地区を散策しました。なお、現存する石造物は多数ありますが、記載のものは全体のごく一部です。

 

庚申塔(寛政12年・安政7)

  

諏訪社、天神社

 

不動明王、御嶽山、通力不動尊

 

地蔵菩薩

 

道祖神、庚申塔

 

 

地蔵菩薩は、釈尊が入滅してから弥勒菩薩が成仏するまでの無仏時代の衆生を救済することを釈迦から委ねられたとされる菩薩です。現世に釈迦はいませんが、弥勒菩薩が将来釈迦のように悟りを開き如来となってこの世を救います。ただ残念ながら、その救いは56億7千万年後のことです。なぜ、こんな計算が成り立つかというと、今、弥勒菩薩はこの世界とは違う兜率天(とそつてん)というところで修業しています。兜率天の1日はこの世の4,000日に当たります。そして、そこの平均寿命は4,000歳ということになっています。だから、4,000×360日(大陰暦)さらに平均4,000歳だから4,000を掛けると57億6千万年となるのです。ただ、長い年月言い伝えられているうちに、7と6が入れ替わって56億7千万年後となっています。

 

※庚申塔 中国の道教では人体に3匹の虫、三尸(し)が宿っているといいます。この虫は60日ごとに来る庚申の日の夜に、寝入っていた人体を抜け出し、天帝に宿主の罪業を報告します。庚申の日に宿主が寝なければ三尸は人体を抜け出せない。そこで 庚申の晩は当番の家に集まり不眠で過ごすことで三尸の報告を阻止して治病・長寿を得る庚申待ちの行事を行いました。その祈念碑として庚申塔があります。

 

参考資料:南八幡地区石造文化財調査表