目が冴えて眠れないときに、寝酒に頼った経験がある人は少なくないだろう。
国際比較調査によると、不眠で悩んだときの対策として、日本人は寝酒がトップ。しかも全体の3割を占め、他国の1~2割と比べて高い数値となっている。その一方で、「医師に受診する」「睡眠薬を飲む」の割合の低さが際立つ。
病院に行って睡眠薬をもらうのには抵抗がある。お酒の力を借りて何とか寝てしまおう――。こうした風潮に、独立行政法人国立病院機構・久里浜アルコール症センター副院長の樋口進氏は、警鐘を鳴らす。
「寝酒は睡眠の質を大きく低下させる。アルコールが及ぼす睡眠への害を認識していない人はあまりにも多い」
■ノンレム睡眠が減り、脳が休まらない
お酒には、確かに入眠促進効果がある。だが、お酒を飲んでぐっすりと眠っていたのに、明け方に急に目が覚めてしまい、そのあと寝つけずに朝までベッドで悶々としていた、というのもよくある話だ。
睡眠には、脳が眠っていると考えられる深い眠りのノンレム睡眠と、体が休んでいると考えられる浅い眠りのレム睡眠とがある。入眠直後にいちばん深いノンレム睡眠が現れ、そのあとはレム睡眠とノンレム睡眠が交互に現れ、だんだんと眠り全体が浅くなって朝の覚醒を迎える、というのが通常のパターンだ。
お酒を飲んで寝ると、すぐに深いノンレム睡眠が現れるので、ぐっすり眠った気になる。だが、時間が経ってアルコールの血中濃度が低下すると、反対に覚醒作用が働いてしまう。それ以降はノンレム睡眠が減り、レム睡眠の時間が長くなり、眠りが浅くなってしまうのだ。睡眠時間も、トータルで見ると、酒を飲まないときと比べて短くなる傾向がある。これでは、脳は十分に休まらない。
さらに寝酒がよくないのは、アルコールには「耐性」があるからだ。
そもそも「アルコールは少量だと逆に覚醒作用があり、飲める人はかえって目が覚める。だから、寝酒の場合、量をたくさん飲む人が少なくない」(樋口氏)。
だが、お酒が強くない人でも、毎日続けていれば、少量のアルコールでは眠れなくなる。今までと同じ摂取量では足らず、寝酒の量がますます増えていく。このように、薬物を摂取し続けているうちに効かなくなり、同じ効果を得るには量を増やさなければならなくなるのを耐性という。もともと飲める人なら、連日の大量飲酒にもなりかねない。
大量飲酒を続けると、今度は眠り全体の質が低下していく。深いノンレム睡眠が少なくなり、レム睡眠が増えるなど、眠りのパターンが崩れてしまうのだ。
こうした状況を招かないためには、寝酒をやめることが第一。ところが、連日大量に飲酒している人が急にやめると、今度はなかなか寝つけなくなる。眠れたとしてもノンレム睡眠が減ったままで、眠りが浅い。「つねに大量飲酒をしている人の眠りのパターンは、高齢者のそれに似ている。つまり、『眠りの老化』が起きている」と樋口氏。さらに、「飲酒すると咽頭部の筋肉が弛緩したり、気道がむくんだりして、睡眠時無呼吸症候群を悪化させるなど、他の睡眠障害の症状にも影響を及ぼす」とも指摘する。
眠れないから寝酒を飲む。寝酒を飲んでも眠れないから、ますます大量に飲む。それを続けていれば、さらなる危険が待っている。アルコール依存症だ。
アルコール依存症は、もはや飲酒のコントロールが効かない状態だ。最後に飲んでから4~12時間経つと、動悸、不安焦燥感、体の震えといった離脱症状が起こる。内臓障害を引き起こすケースも多い。断酒に成功し、10年間飲まずにいても、一度の飲酒で再び逆戻りすることも珍しくない厄介な病気だ。
■断酒後も回復遅い眠りのパターン
不眠も深刻化する。アルコールが切れていると寝つきが悪くなり、眠れたとしても、深いノンレム睡眠が少なく、脳が休まらない。断酒後、眠りのパターンが回復するまでに平均で2~3週間を要する。
長期間大量に飲酒を続けていたアルコール依存症患者の場合、眠りのパターンが回復しても、眠り全体が浅くなる状態が長期間続くことも少なくない。久里浜アルコール症センターでは、3~4年浅い眠りから抜け出せない人もいたという。
樋口氏は、「不眠で悩んでいる人は寝酒に頼らず、睡眠の専門医にかかり、睡眠導入剤の処方などの適切な処置を受けることが大切」と話す。
いくら何でも、自分は依存症にまではなるまい――。そう考えている人も多いはず。だが、アルコール薬物問題全国市民協会(ASK)副代表の水澤都加佐氏は、こう忠告する。
「普通の社会生活を送っていて、最初は会社の宴会で酒を飲んでいた程度だったのが、気がつけば習慣的になり、依存症になっていた。そういうケースは少なくない。意志の弱い人がなる、というのも偏見で、誰にでも依存症になるリスクがあると考えたほうがよい」
酒を飲む機会が多い人は、次ページのチェックリストを試してほしい。チェックした項目が多く、依存症の疑いが高い場合には、アルコール外来など専門医に相談してみよう。
とはいえ、酒は、一日の疲れを癒やすささやかな楽しみでもある。睡眠障害を引き起こさず、依存症にならない飲み方はないのだろうか。
「眠るためにお酒を飲むのは勧められないが、楽しみのためということであれば、1回の飲酒量を減らすことで、体への影響は少なく抑えられる。また、お酒を飲まない日をつくることが大切。休肝日という言葉があるが、依存を防ぐ意味でも重要といえる。週に2~3日は休肝日を設けるべき」と樋口氏は説明する。
どれくらいが適当な飲酒量かは、個人差があって難しい。厚生労働省「健康日本21」では「節度ある適度な飲酒」の目安を、1日平均アルコール摂取量で20グラム程度(ビール中瓶1本、清酒1合に相当)としている。自分に合った量を、あくまでも楽しみのために飲むことを心掛けたい。