義父の幹太さんは、22歳で日本の名女優のK・Kさんと結ばれて、最初は成城の借家に住んでいましたが、近くには東宝や日活の俳優さんが大勢住んでいたので、田園調布に住みかえました。
それこそ週に1,2回は呼び出されて、彼女の家に行き、性交を楽しみました。
そのころは松竹の男優、S・Kさんとか、東映の俳優T・Kさんとの男女関係はありました。
誰もが彼女を見ると清純で、男関係は全く無いだろうと想像するらしいのですが、身長は珍しく162,3㎝、体重は50キロ前後で、セックスは淫乱そのものでした。
全身が膣の状態で、とにかく一晩で何十回でもイクのが好きでした。
僕が呼ばれて休日の前の晩から、本当に休みながら、お酒を飲みながらですが、午後の5時ころから明け方の3時ころまで、4回は性行為をさせられました。
その日は彼女はベッドルームでは、マンコ丸出しで全裸で寝ており、周りにはセックスで使用した桜紙が山ほど積まれていました。
その辺を片付けて、居間やお風呂場も綺麗に洗い流し、お手伝いさんが来る前に、SEXの気配を消しておきました。
10時ころそっと帰ろうと思った所に、東映の男優のT・Kさんが自宅の前に立っていたのです。
慌てて彼女を起こして、僕は「留守を手伝いに来た東宝の社員です」と挨拶して、すぐに帰りました。
多分あれから彼女とT・Kさんは性交をしたと思いました。ですが膣肉や大陰唇は何回もイッタので、相当に腫れぼったく成ってはいましたが・・・・・・。
そんなこんなで1年ぐらい続くと、彼女は突然ヨーロッパに行くと言って、パリに行きフランス人I・Sと結婚したのでした。
幹太さんも流石にびっくりでした。そういえば家にはフランス人が来ては、仏会話を習っていました。後で考えると脱出を考えていた見たいだそうです。
でも日本にも時々帰り、NHKの大河ドラマなどに出ていました。
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話を聞いていると、すぐにマンコがしたくなり、彼のフトマラに吸い付きました。
私の液体が凹みに溢れだして、会陰部に流れ出しました。
その淫景にパパはまたもかいと言いながらも、生唾をごくりと飲み込んで、舌先を美しい桜色をした秘肉に近づけました。
「ずずず~~~っ、ず~っ、ずず~~」舌を入れて舐め啜ります。
その音に合わせて喘ぎの声を上げて、腰をくねらせて、悶え始めました。
私もお返しにフェラチオを開始します。
笠の部分を手で上下に擦りながら、温かな口唇をすべてを使い、舐めてはしゃぶり、吸いついては扱き、極上の快楽を与えました。
膣口に舌が入り、内部をめちゃめちゃに掻き回せば、私は堪らずに男根を放します。だがそれも一瞬で、すぐに猛烈なおシャぶりに戻りました。
隠語で”抜か六”という言葉があります。
男性器を女性器に挿入したまま、六回射精をするという意味で、絶倫男を言いますが、彼とは一晩に4~5回は交わりました。
オルガスムスの反応に射精を促されて、パパは二発目のスペルマを私の胎内に吐き出しました。
が、しかし二人の交尾は終わりません。
アクメに達しても、なおねちっこく肉壁に男根を絡ませて、一向に萎える気配を見せません。
「こんど、今度はこうして~」パパは膣内で怒張したまま、女上位に身体を入れ替え、真下からピストンで突きあげます。
「うあああっ、いっ、イイよ~~、これって凄いよ~~」
アクメの悦が収まらないうちに、私はさらなる絶頂を迎えます。
楚々たる人妻があられもなく肉悦に溺れ、二度の射精を物ともせずに、がちがちの男根で、次々とバックから、次は測位でと片時も休まずに最上の女体に溺れていました。
「あううっ、イキま~す。イク~~っ」白眼を剥いて顔を仰け反らして叫びました。
何度の絶頂点に達したのでしょうか?まるで身体の中に埋め込まれた火薬が次々と爆発するように、反応を起こしました。
「ああああううううっ、イクよ~イクイク~~~~っ」
ザーメンの銃弾を子宮でまともに受けて、私はさらなる絶頂を極めました。
獣の如く絶叫をして、随喜の涙を滲ませて、パパの背中に爪を立てました。
ピュッピュッ!と潮を吹き、男性器の如くにクリトリスを脈打たせて、子宮でスペルマをガブ飲みして膣肉を蠕動させました。