陸前山下発9時40分のE131系あおば通行に乗車、この時間帯は下りの仙石東北ラインがないので、陸前山下から高城町まで交換する列車はない。陸前山下を出て、貨物線が左カーブで分岐すると、緩い右カーブで築堤の上を走行する。北上運河を渡り、国道45号をアンダーパスすると、先ほど降りた蛇田に到着する。蛇田駅すぐの右カーブから先はしばらく直線が続く。左側が開けてくると、後ほど降りる石巻あゆみ野に停車する。石巻あゆみ野を出ると、すぐに石巻市から東松島市に入り、山側も開けるようになる。石巻港ICからの県道をアンダーパスすると、再び街の中に入り、陸前赤井に停車する。この駅も後ほど訪れる。定川を渡ると、山側が開けるが、すぐに住宅や団地の並ぶ街に入り、東矢本に停車、緩い左カーブを通ると矢本に到着する。震災による被害はなく、駅舎はそのままだ。矢本を出ると国道45号線と並行、線路沿いの住宅はなくなり、海側には自衛隊の施設が見える。鹿妻駅の駅前には1995年まで使われていたブルーインパルスの退役機が展示されており、車内から見ることができる。データイム、夕方の仙石東北ラインの快速は、石巻から野蒜まで通過するのは東矢本と鹿妻のみ、この2駅ではデータイムに2時間近く開くことになる。鹿妻を出ると、国道45号がオーバーパス、少し離れて並走するようになり、昨日降りた陸前小野に到着する。
陸前小野を出ると、緩い右カーブで高架に上がり、鳴瀬川橋梁で鳴瀬川と吉田川を渡る。以前は200m上流に1928年の開業時からの鋼桁橋梁があったが、河川改修の阻害だけでなく、強風による運休の要因になったので、新しい橋梁を掛けることになった。2000年に供用開始となった新橋梁は長さ489m、鉄道橋梁としては世界初となるフィンバック橋を採用、低い山のな形のフィンバックを防風柵変わりとした。このフィンバック橋は北陸新幹線の糸魚川駅近くの姫川橋梁にも採用されている。東日本大震災の時は、船などがれきが橋まで流れてきたものの、橋梁を支えるゴム支承の変形くらいで、橋梁自体のダメージはなかった。前の橋梁だと低い位置にあったから、津波で流失する可能性もあった。仙石線は川の上流を通るようになったので、陸前小野から早目にカーブを曲がり、橋梁を渡るようになった。旧線跡地にはソーラーパネルが設置された。旧ルートは上流の築堤を降りながら左カーブで海の方へ向かうのに対し、2000年からのルートは高架を降りながら海の方へ向かう。だが、東日本大震災で丘の方へのルートに変わったので、2015年からは高架をそのまま進むことになった。海の方へ向かう高架橋は撤去されたが、橋梁から155mの左カーブ部分は橋桁を切り離してから、柱を鉄筋などで伸ばして、高架橋をかさ上げしている。使い回された橋桁は高架両側に2本あるが、新設された橋桁は1本で支えている。旧線と並行して海へ向かう道路は、高架を降りた旧線をオーバーパスしていたが、仙石線復旧の際に、オーバーパスしていた築堤と橋は撤去されて、新線の高架橋をアンダーパスするようになった。大抵の場合、線路が廃止になっても立体交差が残るのだが、このような形で逆立体交差化されるのは珍しい。旧線が分かれながら、400m以上の高架橋を23.5‰の勾配で上がっていく。橋桁のスパンを数十メートルと長くしたため、景観は良くなっている。新たに内陸に造られたルートは約3.5キロ、津波で被災した旧線の500m~600m内陸を走行する。営業キロを1.2キロ短縮したため、例えば松島海岸から陸前赤井は21.1キロから19.9キロに短縮、418円だったIC運賃を330円に下げている。(但し、今年の改定で341円に値上げ)高架から標高22mの高台造成地に入ると、野蒜駅に到着する。野蒜の新しい町は北側のみ再開発され、南側は手つかずになっている。これは、奥松島の景観を考慮したためだ。浅い掘割を通ると、野蒜駅からの住宅街が途切れ、谷の間の震災前からの道路を越える。再び、住宅街の南側を走るようになると右カーブ、道路を越えて、東名に到着する。東名を出ると、下り勾配で緩やかな右カーブを400mほど走行、高架橋に入り、奥松島パークラインをオーバーパスする。高架橋は385m続き、24.4‰の下り勾配となっている。左側の丘は途切れたところで、海が臨めるようになる。嵩上げされた築堤を走るようになると、海岸線とともに旧線跡が近づき、10時09分に陸前大塚に到着、下車することにした。震災後の駅改修に気付き、昨日の夕方に降りたものの、17時過ぎで暗くなっていたので、改めて降りることにした。陸前山下からは交換待ちがなかったものの、27分かかった。
陸前大塚駅は島式で、駅出口とは石巻寄りの構内踏切で結ばれている。震災前の駅舎は石巻寄りに4脚ベンチと簡易Suica改札、その上に半円のアクリル屋根のある簡易的なもので、扉はなかった。この設備へは津波などの影響はなく、震災後もしばらく残ったが、2015年の復旧の際に新しい駅舎に改築された。新駅舎は焦げ茶の外壁に黒い三角屋根、基礎部分は石積みのようになっている。駅入り口の駅名サインの下には運行状況案内のLED表示板が吊るされているので、駅に入らずとも運行状況が把握できる。通路部分は扉がないが、あおば通寄り1/3のスペースに扉付の密閉待合室が新たに整備された。嵩上げされた部分に新設された構内踏切へは階段を6段上がることになる。構内踏切からホームの間も狭い階段7段で、改修後もバリアフリー未対応となった。今朝訪れた浦宿駅にスロープが設置されていたのと対照的だ。昨日降りた陸前富山から陸前大塚までは、地盤沈下したため、ルートを変更してないものの0.4mほどの嵩上げを行なっている。そのため、線路はもちろん、ホームなど駅設備を撤去して嵩上げした場所に敷設し直している。震災前はホームの高さと変わらなかった防波堤は、高く嵩上げされたため、ホームからの海の眺めも悪くなった。
