わたしの住む街の
まだ訪ねたことがなかった寂れた路地の片隅に
その白地にブルーの文字が剥げかけた看板はあった
『オデッセウス旅行社』
それをぶら下げていたのは
陽に焼かれてこげ茶色になった
わたしが生まれる前からそこにあったと思われる
木造平屋の店舗だった
間口二間のガラス引き戸の店先はうす暗く
目を凝らせば
店の奥に置かれた机のむこうに
うたた寝をしている一人の老人が見えた
よほどの高齢と思われる彼の老人は
くたぶれ果てたような肉体ではあるが
その口元と顎にたくわえられた髭は
白にいくらか灰色めいたものが混ざり
炎か或いは逆巻く渦を思わせ
老人の胸の前で静かに揺れていた
老人の眠りを守る薄いガラス戸には
これもまた陽に焼かれて文字の判読しがたくなった
藁半紙にガリ版印刷の
この事務所唯一とおぼしき広告が
セロハンテープで貼り付けてあった
その広告には写真やイラストなど一切なく
また旅先もその費用も日数も記されておらず
世辞にも上手とはいえない文字で
次の文が書き込まれているだけだった
命がけの旅
セイレンの歌声
一つ目の巨人
海神ポセイドン
注意…何も保証しません
わたしがそれを読み終えても
老人は先ほどと変わらぬ姿で眠り続けていた
オデッセウウス・・・