この詩は詩を作る仲間のひとことによって生まれました。


「あなたの詩には暴力的なものがない」


彼女はぼくの詩についてそう言ったのです。



暴力的ということばは誤解を生みやすいですが、


ぼくには彼女が言おうとしていることがわかりました。



ぼくの詩の書き方は読者を意識した詩の書き方で、


自分の思いや感情が読者に伝わるように、


あるいは読者の内に再現されるように、


詩を構成的に書きます。


つまり、思いや感情を詩の根本に起きながらも、


それを頭で再構成して、


読者に伝えようとするのです。



詩作というと、


自分に生じた感情を書き連ねる人もいますが、


それでは読者には伝わりにくいと思うのです。


ですからぼくは再構成するという書き方をしようと心がけてきたのです。



しかし、そういう詩の書き方をしながら、


ぼくは自分のすべてを詩の中に書いてはいなかった。



詩の世界は本来自由であるはずなのに、


ぼくは書けるものと書けないものをわけ、


内なる激しい衝動や、


怒り、憎しみ、強い感情などは、


最近のぼくの詩には現れなくなっていました。


そのことを詩の仲間は


「あなたの詩は暴力的じゃない」


ということばでぼくに伝えようとしたのです。


同じような調子の詩では飽きるでしょうと。



彼女のことばは僕に深く浸透しました。


そのときは二人で詩の朗読会の打合せをしていた席なのですが、


しばらくことばが出てこなくなったほど。


それはぼくの生き方とも関わることだったのです。


ぼく自身の生き方についてはまた別の機会にあらわしてみたいと思います。



その後、これまで詩にしなかったことばがあふれ出てきました。


まるでパンドラの箱を開けたように。


そのことばを書き連ねていく作業で生まれてきたのが『突破』です。





服を脱げ!


殻を破れ!


たがを外せ!


おまえの行く道はそれだけだ



服が舞い


殻がハジケ


たがが外れて桶の木っ端が中に浮く


今日は本能の祝祭日



からだにいいものを選ぶのに神経を痛めた人は


ドコサヘキサエン酸、コンドロイチン、ベータカロチン・・・


物質の名前の海に溺れて


なんのために生きているのかを忘れてしまった



ゴミの分別に倦み疲れて人は


魂まで燃えないゴミに分別した



入れるためには空けなければならない


そんなリクツは捨てろ!


啓示は爆発とともにやってくる


お膳立てした椅子には座らない



迷路に迷い込んだ男たちを待ちくたびれて


女はフラメンコを踊り出す


女よおれはフラメンコに魅せられるおまえの情熱を信じる



決められたことを決められたようにやる生活に息がつまったら


すべてを放り投げて


おれは人間だと叫ぶのだ!





バイクのケツから
振り落とされたくなかったら
ガタガタわめかず前だけ見てろ

女はお前一人じゃないんだ
おれは静かなヤツが好きなんだ
気に入らなけりゃ
次の街で降りな
代わりはバーガーショップで見つけるさ


バイクの後ろに乗るのは初めてかい?
気取らなくていいさ
ステップに力を入れて
そしてバイクにからだをあずけな
そうすりゃ少しも怖くはないさ


歌でも歌いなよ
道は長い
男にそんなに気をつかってたら
身が持たないぜ


どうだい 気分がよくなってきたろう
その歌はなんていうんだ?
おれの知らない曲だ
きれいな声をしてるんだな


 女がおれの肩に首を持たせかけた
 その重さがここちよい
 廻した腕でおれを背中から抱きしめた
 宿はどこにするか
 どうやら今夜の寝床はあったかそうだ


なあ そろそろめしにしないか?
道端にしゃれたレストランが並んでいる
気に入った店があったら教えな
今夜は少し張り込もう


 女(こいつ)はどこまでついて来るか

バイクボーイ

流れ者