作家の故・三浦綾子さんをご存知だろうか。
三浦さんの人生は難病の連続だった。
24歳で突然高熱に倒れたのが発端である。
それがその後、
13年におよび肺結核との闘病の始まりだった。
当時、肺結核は死に至る病だった。
入退院の繰り返しの中で、
三浦さんは自殺未遂も起こしている。
さらに悲惨が重なる。
脊椎カリエスを併発。
ギプスベッドに固定され、動かせるのは首だけで、
寝返りもできず、来る日も来る日も天井を目にするのみ。
排泄も一人ではできず、すべての世話はお母さんがした。
そんな生活が4年も続いたとは想像を超える。
そこに一人の男性が現れて結婚を申し込む。
光世さんである。
その日から薄紙を剥ぐように快方に向かい、
二人は結婚する。
綾子さん37歳、光世さん35歳だった。
そして綾子さんの描いた小説『氷点』が
新聞社の懸賞小説に当選、作家への道が開ける。
しかし、その後も病魔はこの人を襲い続けた。
紫斑病。
喉頭がん。
三台痛い病といわれる帯状疱疹が顔に斜めに発症、
鼻がつぶれる。
それが治ったと思ったら大腸がん。
そしてパーキンソン病。
次々と襲いかかる難病。
それだけで絶望し、
人生を呪っても不思議はない。
だが、三浦さんは常に明るく、
ユーモアに溢れていた。
「これだけ難病に押しかけられたら、
普通の人なら精神的に参ってしまいますね」
という質問に三浦さんは笑顔で答えた。
「神様が何か思し召しがあって
私を病気にしたんだと思っています。
神様にひいきにされていると思うこともあります。
特別に目をかけられ、特別に任務を与えられたと・・・。
いい気なもんですねえ(笑)」
誰の人生にも絶望的な状況はある。
だが、心が受け入れない限り、絶望はない。
同様に、誰の人生にも不幸な状況はある。
しかし、心が受け入れない限り、不幸はない。
三浦さんの生き方は
そんなことを教えてくれているように思う。
その三浦さんがこんな言葉を残している。
「九つまで満ち足りていて、
十のうち一つだけしか不満がない時でさえ、
人間はまずその不満を真っ先に口からだし、
文句を言い続けるものなのだ。
自分を顧みてつくづくそう思う。
なぜわたしたちは不満を後まわしにし、
感謝すべきことを先に言わないのだろう」