忘年会の季節がやってきた。
最近の忘年会はただの年末の飲み会になってしまっている気もするが、その起源は室町時代、年忘れと言う行事がそれに当たると言われている。
ずいぶん古くからある行事だが、似たようなものは欧米には見当たらない。忘年会と言う単語もない。これは日本独自の古くからある習慣のようだ。
その年の憂いを晴らそうじゃないか。そしてまた来年頑張ろうじゃないか。そういう仕切りをするための機会として実に優れたものだと思う。そういう気持ちの切り替えをきちんとして前に進もうとする、なんだかすごく日本人的で、日本人がずっと前を向いてこられた理由を少しそこに感じたりもする。
年齢も上下関係も一度「忘れて」1年の憂いさを一度「忘れて」、仲間として結束を今一度確認をする。そう考えるとこの「忘年会」というネーミングの絶妙も感じてしまう。忘れることがとても大切だ。
些細な気持ちの苛立ちや、トラブルや、ついてしまった嘘や、取り返せない失敗や、終わった恋や、その他いろんなものを私たちは、忘れることができる。忘れられるから前に進める。
そう、これは私たちの先輩たちが編み出した前に進むために必要な儀式なのだ。忘れられるって、とても大切なこと。最近の忘年会は「忘れる」ことを忘れてしまったのではないだろうか。