マイケル・フェルプス | マンション管理組合コンサルタント ㈱CIP須藤桂一の日記

マンション管理組合コンサルタント ㈱CIP須藤桂一の日記

破綻する長期修繕計画の改善、マンション管理委託品質向上や大規模修繕工事のムダやムラを適正化する管理組合コンサルタントをしています。

水の「怪物」と呼ばれた男、“マイケル・フェルプス”五輪4大会に出場し、史上最多の金18個を含む計22個のメダルを重ねたアメリカの男子競泳選手。


歴代のオリンピック選手の中で、最も多くメダルを獲得したのです。


輝かしい成績です。


さぞ順風満帆な日々を送っているのだろうって思います。


が、


違いました・・・

_______


2008年の北京オリンピック後、バーンアウト(燃え尽き)状態だった。


北京オリンピックで最高の結果を残したため、その余韻に浸れば浸るほど、水泳を続けることに疑問を感じた。


更に北京五輪から6カ月後の2009年2月・・・


友人に誘われて訪れたパーティで周囲に勧められ大麻を吸引。


その姿が写真に撮られ、英国の新聞にスクープ掲載。


気の緩みから愚かな間違いを起こしたのは自分のせいと分かっていたけれど、同じ時間と空間を共有していた仲間に隠し撮りをされ、売られたという事実がフェルプスを苦しめた。


軽い鬱のような状態で無気力な日々が続き、朝になってもソファの上でまどろみ、ビデオゲームをするだけの毎日。


外出も極力控え、プールにさえ向かわない。


もう、すべてどうでもいい。


自分自身を見失ってしまった時期があった。


そんな日々から立ち直っていくのもやはり、水泳がきっかけだった。


嫌々ながらも「仕事だから」と我慢して泳いでいるうちに、少しずつ変わっていった。


通っていた水泳クラブには、フェルプスに憧れる中高生スイマーが大勢いた。


世界選手権や五輪出場を夢見る彼らが目を輝かせて泳ぐ姿や、ゲスト参加した水泳教室で無邪気に水と戯れる小さな子供たちに接するうちに、自らの間違いに気づかされた。


「やっぱりもう一度、五輪に行きたい。


本当は北京が終わった瞬間から、ロンドン五輪への出場を願っていた。


泳ぐのが楽しいと感じ始めたのは1年くらい前からかな。


水泳への情熱と愛情が戻ってきたんだ。


北京五輪からの2年半くらいはただ泳いでいただけで、全然楽しくなかった。


速く泳ぐことも、いい感じで泳ぐこともできなかったし」


その苦しんだ時期を振り返ってこう語る。


「確かに、あの時はきつかったけど、自分にとって正しいことをやっていたと思うんだ。


自分のキャリアを考え直すためにも必要な時間だった。


我慢の時期だったんだと思う」


“Number806号”より
_______


そんな苦しみや辛さを乗り越えて、その辛さを必死に抱え込んで、一人頑張る人がいる。


そんな姿は、皆は見てくれていないかもしれないけれど、誰かは見てくれていると思います。


だから今、必死に頑張ろう。


本当に辛いときは、人に頼る勇気も忘れずにね♪



【希望の世界よ、待たせたなっ!】



「順風満帆に何もかもうまくいってしまった人は、何かあったときに崩れやすい。


いろんなことに苦しんだり、失敗したり、紆余曲折があった人の方が、強いんです。


雑草は踏まれて、踏まれて、強くなっていくでしょう。


それと同じです」 by 假屋崎省吾(華道家)