命の授業 | マンション管理組合コンサルタント ㈱CIP須藤桂一の日記

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破綻する長期修繕計画の改善、マンション管理委託品質向上や大規模修繕工事のムダやムラを適正化する管理組合コンサルタントをしています。

下記は月刊「致知」に掲載された「命の授業」講演家である腰塚勇人さんのお話です。

実は、彼との縁は30年前にさかのぼります。私が神奈川県立金井高校バスケット部で3年生の時に、新入生で我が高校のバスケット部に入部したのが腰塚さんでした。彼が16歳、私が18歳でした。その後、彼の代は、私たちの代に続いて、1年ぶり2度目のインターハイにまで出場し、センターをつとめていました(私は補欠です)。その後、社会人となり高校OBチームで月に1回のバスケットをやっていた時に、風の便りに、スキーで大怪我をして、命はとりとめたが半身不随になったと聞いて、、、それがこんなことになってるなんて・・・

是非ご一読下さい。
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「たぶん一生寝たきりか、車椅子の生活になるでしょう」

首の骨を折る大けがにより、充実した教員生活から一転、
人生の奈落に叩き落された腰塚勇人氏。

一時は自殺まで考えたという苦悩の底から
氏はいかにして立ち直り、見事社会復帰を果たしたのでしょうか。

致知2013年3月号 特集「生き方」より

実は怪我をするまで、僕は競争が大好きな人間でした。
「常勝」が信条で、人に負けない生き方を
ずっと貫いていたんです。

だから「助けて」なんて言葉は口が裂けても言えない性分でした。

それが怪我ですべて人の手を借りなければ
ならなくなりました。
僕が一番したくない生き方でした。

苦しいし、泣きわめきたいし、「助けてっ!」って
言葉が口元まで出かかってくるけど、
プライドが邪魔してそれを言わせない。

ここで弱音を吐いたら、家族に余計に
心配をかけてしまうと思うと、
なおさら言えませんでした。

皆に迷惑をかけた分、なんとかしたいって
気持ちでいたんですが、そのプレッシャーや苦しさに
押し潰されそうになってしまって……
僕はとうとう舌を噛んだんです。

自分の未来に絶望感でいっぱいでした。
本当は死にたくなんてなかったんです。
でも首から下の動かない人生、
生き方が分からず苦しかったんです。

だけど結局、死に切れなかった。
あとには生きるという選択肢しかなくなりました。
じゃあ明日から前向きに生きられるかといったら、
それは無理です。

自分を押し包む苦しさが
なくなったわけではありませんからね。

次にしたことは将来を手放すことでした。
自分の将来に期待するから苦しむ。
だったらその将来を手放してしまえばいい。
周りに何を言われても無反応になりました。

そんなある晩、苦しくて寝つけないでいると、
看護師さんが声をかけてくれました。

「腰塚さん、寝ないと体がもちませんよ。
睡眠剤が必要だったら言ってね」

って。その言葉に僕の心が反応しちゃったんです。

おまえに俺の気持ちが分かってたまるかって、
無意識に彼女をグッと睨みつけていました。

その看護師さんは素敵な方でね、
僕の様子にハッと気づいてすぐに言ってくれたんです。

「腰塚さんごめんね。
私、腰塚さんの気持ちを何も考えずに、
ただ自分の思ったことを言ってたよね。

でも腰塚さんには本当に少しでも
よくなってもらいたいと思っているから……
なんでもいいから言ってほしいです。
お願いだから何かさせてください」

看護師さん、泣きながらそう言ってくれたんです。
彼女が去った後、涙がブワッと溢れてきました。
あぁ、この人俺の気持ちを分かろうとしてくれてる。
この人にだったら俺、「助けて」って
言えるかもしれないって思えたんです。

それまで僕は周りからずっと
「頑張れ」って励まされていました。

僕のことを思って言ってくれているのが
分かるから決して言えなかったけど、
心の中は張り裂けそうでした。

俺、もう十分頑張っているんだよ……、
これ以上頑張れないんだよって……。

だから救われたんです。
あの時以来、凄く思うんです。

人の放つ一言が、人生をどうにでも
変えてしまうんだなって。

だから自分は言葉を丁寧に使おう。
言葉をちゃんと選んで、丁寧に使おうって。