今朝の日経新聞、「私の履歴書」の右側に「被災地で新聞を読む」という記事を食い入るように読んだ。
1977年生まれの写真家で冒険家のイシカワナオキさんの記事だ。
地震のあった2日後の3月13日にはミサワ空港から青森県八戸市に入り、岩手方面に南下しながら、1週間かけて物資を運んで回ったそうだ。
未曾有の災害を前に立ちすくむのではなく「まずは動かねば」と思ったところからすごい人物だ。
一日中移動しているためにネット環境はなく、携帯電話もつながらず、唯一の情報収集手段が新聞だったそうだ。
新聞の情報は総合面はテレビや新聞と同じ情報が多く、斜め読みで十分だが、それ以外は見出しの大きさによって世間一般の人々がどんな情報を重要に思っているかがわかるために、自分の関心事と世間の関心事のズレのチューニングに役立つという。
特に、公式避難所の場所や、どの道が通行止めで、小売店のどこが開いていて、どの地域の電気が止まって、どの公衆電話が無料で開放されているか、とても重宝したそうだ。
現地では、吹雪の中泥まみれの長靴で腕章をつけて取材にあたる記者も多く見たそうだ。
被災者個々のエピソードも「ただの人」の人生にこそ、状況把握の糸口と現実の重みがあることにも気付き、今も現地で普及の取材を続ける記者を応援したい。
避難所では、読み古されたぼろぼろの新聞の避難者名簿を食い入るように見ている人が多くいたという。
さらに、テレビや新聞雑誌では被害の大きかった地域がクローズアップされ、死亡者の少ない地域や半壊冠水といった地味だけどその後の人生に大きな支障をきたす被害を受けた場所は、なかなか取り上げられることはない。
死亡者行方不明者ばかりに気を取られてしまうが、その背景に存在する膨大な数の避難者が意味するのは、生きてなお苦しみを被る人の数でもある。マスコミに取り上げられることのない、無数の人の人生を私たちは表に出ている情報のおくから、今後読み取っていかなければならない。