終戦の日です。
さて
義理兄への不毛な復讐を諦めたからといって、
私の心が急に晴れ晴れとするはずもなく。
けれどいつ何時も過去のことが頭から離れない、という日々でもなくなった。
ただ、異性との付き合いとなると、どうしても身体の関係が伴ってくる。
その際の、私の中だけで起こる葛藤は避けて通れなかった。
私は比較的、男性との出会いの機会には恵まれていた。
最初の職場を5年で辞めてからは、派遣社員であちこちの職場に勤めていたし、
生活のためにWワークでアルバイトもしていたから。
ただ、ある作家さんも言われていたように、
父親に大事にされなかった娘は、本当に男性を見る目がない。
これを読んだとき、自分のことを振り返り「当たっているなあ」と思ったものだ。
取り立ててダメんず、という訳でも無いが、心底優しい訳でもない。
表面だけいい人に見えるだけで、実は自分優先、という男によく引っ掛かった。
若い頃は、自分に男を見る目が無いなんて自覚が無かったから、
何度目かの恋愛が終わったあと「世の中の男なんてみんなこんなものか」と失望を感じた。
例えば、自分がセックスしたい時に出来ないと、あからさまにガッカリするとか。
まあ若い男なんて誰しも多少はそうであるかも知れないけど。
そういうのを、こちらにわかるように態度に出すって・・・子供とどこが変わらないんだ。
よくある女のセリフ。
「身体が目当てで私と付き合ってるの?」
というやつが、頻繁に頭をよぎっていた。
私も、こんな過去を持ちながらも、セックスというものが嫌いでなかった。
行為そのものというよりも、自分を求められる、必要とされるのが単純に嬉しかったから。
小さい頃から家族、親戚などから純粋に可愛がられたり、愛された経験が無かったせいだろうか。
好きな相手とは別に性行為が無くても、身体が触れているだけでも満足だった。
それだけでも十分に安心出来ていたし、心地よかった。
そういえば小学校時代の通知表にはいつも「情緒の安定」にマイナスを付けられていたし、
「先生にべたべたし過ぎる、ご家庭でのスキンシップが足りないのでは」みたいに書かれていた。
まったくその通りだった。
恋人に、親から貰えるはずだった愛情を求めていたのかも知れない。
けれど男がそんなことで満足しないのは、遺伝子というか生理的というか仕方のないものなので。
必然的に、自分がしたくない時にも相手をしなくてはならず、それが本当に辛かった。
つづきます。

