中越地震から今日で7年だそうで。
これは翌日の現場写真のうちの1枚ですが、なかなかどうして今年も災害yearでございますね( ・ω・)ノ
(↑ この年、新潟では7.13水害もありましたし…
サテ話は全然関係のないところへ。
すべての子どもは多重人格になる潜在的可能性をもって生まれるのであり、
正常な発育過程を経て、はじめて統合された自我の感覚を獲得する、という。
言うまでも無く、生まれつきの多重“人格”としてあるのではないが、
発育の初期段階では、子どもには行動と意識のユニットが複数存在しており、
いわば「断片人格」が解離した状態で存在するのが普通で、
発達段階でそれらが統合され、単一化してゆく。
幼児期から学童期にかけて心的外傷を体験すると、
ある種の記憶や自己感覚を自分から切り離そうとするため、人格の単一化が妨げられ、
成人しても解離しやすい傾向がある、とF・M・パトナムが言ったらしい。
どうして、こんなシチメンドクサイ話を思い出したかというと
続きを待ちわびていた「サイコメトラーEIJI」が「サイコメトラー」とチョッと変わって
単行本1巻としてワタクシの手に入り、そこに出てきた犯人が
“解離性同一性障害”と思われ、幼いころの強いトラウマが関わってる場合が多いと
志摩警部は言うのですね?
ウスラなワタクシには理解しがたい話ではありますが、誰しもがビリー・ミリガンに成りうるという点で
ちびっ子でもご年配の方でも、あたらオロソカに出来ないということを思い知らされる訳でございます。
とりあえず現時点での自分が「フツウ」にカテゴライズされてることに感謝すると共に
「フツウ」であるが故の安心感って日本人ならではの感覚なのかもしれないな( ・ω・)と漠然と思った次第。
