外に出ないことも
体のリズム的によくないって
今日は頑張って
出てきた
途中
血糖値がまた下がり始めてたので
急遽マックでおやつ
ハンバーガーと同じサイズの箱に
6枚
プチ
プチパンケーキ🥞
本当にちっちゃくて笑う🤭
ふと
これ見て思い出したのは
幼い頃
私が5〜6歳で
すぐ下の妹が3歳くらい
一番下はまだ赤ちゃん
大阪のすごく広い家に住んでいた
どういう経緯でそこに棲む事になったのか
私は全然知らないけど
何か商売をしてた訳ではないのに
1階が店舗になっていて
そこは何も置いてないから
ただの広い板張りで
あの頃の私には体育館みたいに見えた
現にそこには
ブランコや滑り台とかの
子供用の小さな遊具が置いてあった
住居は2階で
4部屋と広めのベランダがあり
夏はそこで
子供用のプールで水浴びができた
そこで私は
初めての小学校入学を迎え
重い病気に罹って死にそうになったり
人生初の蕁麻疹で大騒ぎしたり
妹が小児喘息がひどくて
夜中に何度も慌てて病院に行く事があり
お留守番で心細かったり
あんまり
よかった〜
って
思い出がない
どちらかと言うとあの頃の日々は
カラーではなくて
モノクロ
そんな中で
妹の誕生日にだと思うけど
あの頃発売されたばかりの
クッキングセットを買ってもらった
おままごとの究極版
小さなキッチンで実際にパンケーキが
焼けてしまう
電気コンロだっけ
電熱線みたいなとこの上に
可愛いフライパンをのせて
なんか
粉溶いたのをチマチマ焼くって
周りの
誰も持ってないような
高価なおもちゃに
私と妹は夢中だった
ほかほかの焼き立てのパンケーキが
どんな味だったかは
全く覚えてないけど
誰が買ってくれたのかも
今はもうわからない
でも今日見たパンケーキの小ささで
なんだかいろんな事を思い出した
あの頃
母は
幸せだったのかなぁ
30代で3姉妹を育てながら
しかも上2人はとにかく病弱で
父はお坊ちゃん育ち
優しいだけが取り柄の
頼りない3つ年下
30代の頃の自分と比べてみても
大変だったろうなぁと思う
それと同時に
人生って
長いわ〜と
つくづく思った
あの大阪の家は門真市
そこから八尾市へ
そして吹田市へ
私は小学2年の時
2度転校を経験した
密度の濃い
でも
とんでもなく
とっ散らかした日々
母親としてほんとに大変だったと思う
その後も福岡へ転居し
そこでも
あちこち移動した母は
いま福岡の施設にいて
3姉妹もバラバラの場所で生きている
いろいろあるよね
人生長い
ほんと長いなぁ💦
ところで
マックで
そのパンケーキ食べて
甘いシェイクを飲んだにも関わらず
低血糖アラートが鳴り止まず
途中意識が飛びそうになって
DANさんが大慌てとなる
生汗が止まらなくて
喋れなくなった私
なんとか絞り出した
ファンタグレープちょーだい
40まで下がった血糖値に
あわや救急車騒ぎになるとこでしたが
マックでよかった
すぐに
ファンタ飲めて
徐々に回復
最近
安定しない
マジ
外でこんなんなると
死ぬかと思うわ🌀
