ようやく聞こえてきた蝉の声
朝
出窓を開けたら
降るように鳴いてる
ここ数日のニュースもテレビ番組も
特集が多くて
戦後80年
何度もこの言葉が繰り返されている
80年は
もう…なのか
たった…なのか
私にとっては
やはり
たった80年前の出来事
88歳の母が経験者であることが
大きいかなぁ
実際に子供時代の事とはいえ
戦時中の博多での出来事を
私は何度も聞かされてきた
そして私が生まれた1964年は
戦争が終わって
まだ20年も経っておらず
幼い頃の記憶のあちこちに
戦後と言うより
戦中がそのまま色濃く残った景色が
刻まれているから
8月の夏休み中は
登校日があり
その度に
戦争の話が
本やテレビ放送で繰り返されてきた
戦争はしてはいけない
間違っている
と
教えられてきたけれど
あの頃
私の周りには
戦争に行った方も
ひどい空襲に遭った方も
家族を亡くされた方も
たくさんいたはずで
その痛みや苦しみは
もっと激しく
声高に伝えられてよかったはずなのに
あの頃の
8月はとても静かだったように思う
それは逆に
あまりに生々しい記憶がありすぎて
語れない事が多かったからだと
いまはわかる
母を含め
戦時中のことを語れる人は
どんどん少なくなっていく
その事に警鐘を鳴らすように
今年の夏は80年という言葉が
使われているけれど
いま願うのは
戦後はもうずっとこのまま
戦後のままでいい
新たな戦後を生まないために
この国の行方を司る全ての人が
心を尽くし
それを後押しできる社会でありますように
世界中の戦争が
意味のない争いであることを
命を賭けてまで
争う愚かさに早く気づけますように
あの夏の日を思いながら
首を垂れる8月15日のこの時に
祈っています
たくさんの人々と同じ気持ちで
蝉しぐれの中で
