元エンタメライターの猪突“迷”信ブレブレ日記 -9ページ目

元エンタメライターの猪突“迷”信ブレブレ日記

社会人デビューは興信所の調査員。紆余曲折を経て、10年間、念願のエンタメ業界でライターをしていました。刺激に満ちたエンタメ業界を卒業し、これからは自分の興味の赴くまま趣味として綴ってみたいと思います。

おことわり

こちらは本編ではなくて、序章ですニヤリ

 

それは、フィレンツェからミラノへ向かう列車内でのこと。。。

 

急激に差し込むように胃が痛くなってきて

それに比例してお腹も痛い。

朝からなんとなく体の調子がおかしかったけど。。。

 

あああ、そういうことだったのか。

 

インフルエンザ発症。。。滝汗

 

不幸中の幸いは、同じ型のインフルを前に経験していたこと。

もし知らなかったら、初のイタリア旅行で見舞われた尋常じゃない激痛に

パニックになったでしょう。

このタイプにかかった人は分かると思いますが、

胃と腸のW激痛に、上からも下からもアウトプット(表現をマイルドにしてみた)を促され、のたうち回るくらい苦しいんですよ。

 

たまらずトイレに駆け込みました。

駆け込んだ、までは良かったけれど

そこで、ありえない光景に直面することに。

 

見えたのです。

なんと、便器の向こうに見えたのです。

 

 

動く地面が!

 

つまり、線路にぼっとん!トイレだったんですガーン

 

ちなみに時は、1990年代後半。

日本では小室ファミリー全盛期の頃の話ですよ!

 

アリエナーーーイ!

 

電車が過ぎ去った後、

誰ぞやの置き土産が残っている線路のイメージ映像が目に浮かぶ。

体の方は、上も下もダム決壊寸前なのに

悲しいかな、何度トイレに足を運んでも

理性が働いてしまって“アウトプット”できなーーーい(>o<)

 

 

コンパートメントでは、どんどんグロッキーになっていく私を

たまたま居合わせたイタリア人たちが心配し始め、

一緒に旅している私の友人に質問攻勢。

そんな中、私が水を飲もうとしたら「ノー!」とおっきな声が。

真ん前に座っていた齢60歳くらいのマンマが、水は飲むなと止めに入ってきたのです。

「こんな時に水は摂ってはいけない。飴をなめなさい、飴を!」てなことを言って、おもむろにバッグから飴を何個か取り出して、私に今すぐなめろとジェスチャー付きで迫ってきました。

 

ううう。喉がからっからだから、水で少し潤したいだけなのに。

水が欲しい。。。うう、水が。。。。。

飴じゃないんだああ。。。えーん

 

こうして、痛いわ気持ち悪いわ喉は渇くわで悶絶した2時間の修羅場。

ミラノ駅に着いた頃には、さらに強烈な悪寒もオプション追加となり、

関節ガックガクの私はスーツケースをまるで杖代わりにして

長い長〜いプラットフォームを抜け、駅前にあるホテルへ向かったのでした。

 

つづく(笑)

 

この1ヶ月の間に

これまで味わったことのない感覚を体験しました。

 

目が覚めた時、なんだか心の奥がじんわりあったかくて、

 とっても落ち着けて穏やかな気持ちで

で〜んとゆったり構えている自分がいたのです。

 

これが自己信頼かあ。

 

人生ウン十年生きてきて初めて、自分のことを心の底から信じることができた。

 

 

かつての私は自己否定が激しく、

むしろ自分にノーを突きつけることこそ

人生好転のために必要なマインドだと思ってずっと生きてきました(笑)。

 

友人が青山のスパイラルホールを訪れた際、

ふと私が負のスパイラルに陥ってやしないかと心配になったともらすほど

落ち込むのが当たり前。  

落ち込むのが私の趣味、仕事だったかも(笑)

 

自らネガティブの海にダイブ。

深ければ深いほどいい。

自分の存在をこの世から抹消したくなるくらい凹んで

しばらくすると、明けない夜はないと自分を励まして。

そのくせ、根は単純だったりするから

おいしいものを食べただけでゲンキンなくらい復活するのだけど(笑)

そして、また何かあると、やっぱり私は…って。。。

 

勝手にヤットレ!って感じですよね。

でも、当の本人は苦しいんです。

真剣に悩んでいた(つもり)だったから。

 

こんなことしてもな〜んにも生まれないっていう

恐ろしい現実に気づいたのは

2年ほど前。ある人に言われて気づき、背筋が凍りました。

 

ここ数年で自己否定はなくなってきたけど、その一方で自己信頼はなかなか高められずにいた。

プチ信頼は持てるのだけど、浅い故に持続力がない。

そんな私が心の底から自分を信じられるようになったのは

大きな(←あくまで当社比(笑))アクションを起こしたから。

 

いつも勇気がなくて尻込みしてしまう、いわゆるブロックなのかな。

そこに立ち向かってみた。

そうしたら、呆気ないくらい簡単にブロック崩壊。

それまで失敗するのが怖くて、傷つくのが怖くて、肝心のところで逃げることが多かった。

でも、そうやってやりたいこと、望んでることを最初から手に入れるのを諦めると

欲求はいつまでも未消化のまま。

「たら・ねば」後悔が付きまとい未来に不安しか持てない。

でも、動いてみたら、たとえそれがダメだったとしても

その出来事を通して身を持って分かった体験がある。

とても悔しいし、悲しいけれど

やり切ってるから、いずれ過去のものとなっていく。

そして、また前を向いて歩いていけるのかな。

 

今回、そんなことを何となくではあるけれど、身を以て体験することができた。

 

 

実は今年に入って会社に辞意を伝えました。

でも、それを撤回!

引き留めにあったといえば聞こえはいいけど、

いざ辞めるとなって何度もやってくる不安の大波に踏ん張れなかった。

そしてしばらくすると、今度は辞めることを止めた自分に腹が立った。

そして自分のことをもっと信じられなくなった。もう自分に大きな人生の決断はできないんじゃないかと思いました。

 

退職を思いとどまったそれらしい理由を色々並べることもできるけど、結局は自分を信じ切れていなかった。これに尽きると思います。

昔から私は、正しい、正しくないで物事を見るクセがあり、自分が下した決断について、あらゆる角度から正しい選択なのかを確かめようとしていた。

結局それも自信のなさに繋がるのだと思う。

正しいという後ろ盾がないと不安でしょうがないから。

 

自分を信じられないから、どんな選択をしてもすさまじい不安に襲われ

自分の中に安定がないから、外から安定、安心を手に入れようとしていた。

そして自分が傷つくような出来事に遭遇するのが恐くて、

雲行きが怪しくなると急ブレーキして、全力で回避。

そうやって、どんどん縮こまってしまった気がする。

 

自分を信じられるって最強だなと思う。

常にどこに行っても、自分の真ん中に安心感があるって何て心強いことだろうと思う。

 
当たり前のようにできてる人と、全く出来ない人じゃ本当に世界観が違うんだなあと身を以て体験体験したこの一ヶ月。

 

とはいえ、自己信頼はまだまだ若葉マーク。これから太く深く育てなきゃなチューリップ

一時期、毎年のように行ってたイタリア。

楽し過ぎてテンション上がってしまうからなのか、イタリアというお国柄ゆえなのか、なぜか色々ハプニングに見舞われてたんですよね。しかも神がかり的に面白い!(笑)。
 
 
イタリアのおすすめ観光スポットなんぞも載せていく予定ですが、それとは別途でハプニングを集めたイタリア事件簿も書いていこうと思いますビックリマーク
 
 
今後展開するネタの見出しをば一覧に
 
 
ガーンインフルエンザでダウン!謎の診察にノックアウト!
 
ガーン夕刻迫る山の上で、マンマミーア!◯◯が落ちた!
 
ガーン海の見えるロマンチックなレストランで。。。
 
ガーンローマ・テルミニ駅で、濡れる。。。
 
ガーンフィレンツェでの悲劇!人生初の◯◯に遭遇!
 
びっくりバチカン美術館で起きたキセキ
 
 
ク〜〜〜ッ!
見出しを書いただけで吹き出した爆笑
持ってるなあ、ワタシグラサン
 
ほかにも思い出してないネタもあるような気が。飛行機ネタもあるし。なんてったって、ハプニングなら横綱級のエアライン、アリタリアですから(笑)
 
思い出したら追加していきます。
乞うご期待!!(笑)
 
{1ACC058B-AB9A-4827-8D74-C8615E910EF8}

 
 
 
 
 
 

昨年、大がかりな断捨離をして

かれこれ15年は勉強していたイタリア語のテキストも

半分以上廃棄しました。

http://ameblo.jp/cioccottocafe/entry-12060087040.html

 

でも、全部を捨てるところまでは思いきれず宙ぶらりん状態。

今の自分に必要かどうかを見極めてこの際ハッキリさせようという

やや不純な動機で(苦笑)

先日、あるイタリア語のレッスンの体験講座に行ってきました。

 

イタリア語の勉強から離れて数年たってるので

ついていけるか心配だったけども

 

授業が始まってみれば、あれ、私ってば、ばっちり理解できてるビックリマーク

ブランクあるのに、すご〜い拍手

 

単純な私はこれで、ちょっとばかり気を良くし

気づけばどんどん前のめりになってレッスンを受講してました。

 

授業内容が、普通のレッスンと違ってとても実践的なのが

非常に面白かった。

例えば、ざるそばを食べる時

おつゆにそばを入れることを

入れるという意味のmettere(メッテレ)という単語で説明できますが、

これだと本当に中にどっぷり。

おつゆに付けるという意味での入れるには、どんな単語がいいのかを教えてくれるんです。

 

実はこれ、来日するイタリア人観光客をサポートするアシスタント養成講座の一コマ

 

これから五輪に向け、ますます需要が見込まれるであろう

イタリア人観光客に向けて、旅のお手伝いをする人を養成するのだそう。

 

いまイタリアでは、日本が新婚旅行の人気の行き先なんですって。

訪日数は他国の観光客と比べたら、まだまだ少ないけれど

なにせイタリア人は、団体旅行が苦手❗️だそうで、わかるなあ(笑)

ということで、細やかに対応できるアシスタントの需要がますます見込まれ

イタリア人向けのツアーガイドをする会社が語学スクールを始めたのです。

 

イタリア語を学ぶ時は、大抵イタリアで作られたテキストを使用。するとイタリアを舞台にした会話の展開になります。

でも、この講座は来日するイタリア人に説明するためのものだから

日本が舞台!

日本文化に精通したイタリア人の先生が作ってくれてるので、微妙な日本語の感覚も反映されて、ありそうでなかった、とても斬新な授業でした。

 

体験講座が終わるやいなや、すぐ申し込んだ私(笑)。

この単純さには我ながら恥ずかしくなるけども

 

ひっさびさにイタリア語に触れて

私は、本当にこの言葉の響きが好きなんだなあとあらためて思いました。

心の底からルンルンするんですおねがいもう理屈じゃない。

 

多分長文読解や文法を細かく学ぶタイプだったら

受講することはなかったと思います。

 

私にとって、イタリア語はとっても楽しいコミュニケーションツールだったんだなあと気づきました音譜

 

毎週講座に通うようになって

やっぱり毎回毎回楽しい❣️

とはいえ、やはりブランクの大きさも痛感するので

こればかりは地道に毎日練習していくしかないですね。

 

ローマは一日にして成らず❗️

 

講座に興味がある人はこちらへ

グイダプリマベーラ養成イタリア語レッスン

生きたイタリア語が学べますよ!

 

前回のブログで

視点の切り替え(自分視点→他者視点)が難しく

その延長線上で格闘していることがあると書きました。

 

何にもがいているかというと

 

校正です。

 

誤字脱字、つまり赤字のチェックです。

あー、いやだ。赤くしたら余計イヤだ(笑)

 

そういえば、このブログで前に書いてました。

読み直したら、おんなじようなことが書いてある。

http://ameblo.jp/cioccottocafe/entry-11962376404.html

もれなく赤字も発見…(苦笑)

 

石原さとみちゃんのドラマ「校閲ガール」を思い浮かべる人も

多いと思いますが、厳密にいうと校正と校閲は違います。

 

校閲は、日本語の正しい使い方や

記載内容が事実と異なっていないかなど

徹底して文の矛盾点、間違いを見つけていく作業。

 

これに対して校正は、いわゆるケアレスミス

誤字脱字がないかのチェックです。

この作業で一番の敵は、考えること!

 

校正作業は、イラストの間違い探しと似ています。

間違い探しって、思い込みが入っちゃうと

不思議なくらい間違いが見つけられないですよね。

例えば、ここらへんにありそうだなと的を絞って探してみると

実は、そのすぐそばにあるのに、気づかずスルーしてしまう。

そしてギブアップして答えを見てから絵を見ると

なんで気づかなかったのと思うくらい、簡単に違いを認識できる。

 

見ているようで、見ていなかった。

本当に人は見たいものを見る生き物なんだと思います。

 

私は、この校正自体が不得手。

つい自分が携わった文章を見直すと
文脈がきれいに流れているかなとか

分かりやすく書けているかなとか

文の“構成”の方に意識が行ってしまう。

校正を得意とする人でも、自分の文章になると苦手という人もいます。

 

つまり、文を見る見方の切り替えができないゆえ、

赤字が拾えなくなってしまうんです。

 

文字の付け合わせをする校正は

ただただ愚直なまでに文字の絵面を追い続け

違いをあぶり出していく地道な作業です。

最初はちゃんと意識するんですよ。

でもね、しばらく文を追っていくと

その文の世界に無意識のうちに入り込んでしまって

そうしたら赤字スルー率は急上昇!

 

この作業のことを考えると

今はやりの瞑想が思い浮かびます。

 

無心でいるはずが、いつの間に何かを考えている自分に気づき

あわてて無心、無心と気持ちを整えるも、また気づくと頭が動き出し。

それくらい、人って無意識に考えちゃう。

だから文章を目で追いながら、意味をスルーして

ただただ機械的に絵面で見ていくって

非常に難しいのです。

 

煩悩を捨てなければ。

日々、修“行”です。。。

 

※修行=①仏教で悟りを開くために、戒律を守って仏道に励むこと。

    ②学問・技芸などを磨くために努力して自己を鍛えること。

 修業=学問・技芸などを習い始めること。 「明鏡国語辞典」より