元エンタメライターの猪突“迷”信ブレブレ日記 -19ページ目

元エンタメライターの猪突“迷”信ブレブレ日記

社会人デビューは興信所の調査員。紆余曲折を経て、10年間、念願のエンタメ業界でライターをしていました。刺激に満ちたエンタメ業界を卒業し、これからは自分の興味の赴くまま趣味として綴ってみたいと思います。

 

今夏、まるで引っ越しをするような勢いで取り組んだ大がかりな断捨離。

 

 

 

やっと終わらせることができたけど

 

昨日また、本を何冊か廃棄した。

 

 

 

本は4分の3くらいは処分しただろうか。

 

想像以上に多かったのが、心理学&自己啓発本。

 

もともと心理学に興味があって…というのも事実だけれど

 

本音は行き詰まって、閉塞感でいっぱいの現状を何とかしたかったから。

 

 

 

脳の構造的な本から「引き寄せの法則」、王道の自己啓発書「7つの習慣」、

 

ほかにもスタンフォードなんちゃらとか、女性としての生き方指南的なものまで、

 

まあいろいろと。

 

 

 

付箋やペンで印をつけて相当読み込んだ物もあるけれど、

 

その一方で読みかけのものや、書店でカバーかけてもらったまま放置で

 

ほぼ新品状態のものもちらほらと。

 

いや正直に書こう。いつか読もう予備軍、結構ありました(^^

 

 

 

本屋に入って、

 

ピピッときた本を手に取り、キャッチーな言葉の数々に

 

「そうか!そうなのか!」と静かに高揚していく自分。

 

 

 

「これこそ、今の自分が求めていたモノだ!」と即効購入し、

 

根拠のない高揚感と共に書店を後にするのだけれど、

 

一瞬パワー充電し、立ち上がったかに見えたスイッチは、

 

いつの間にかユルユルするりと、またいつものモードに戻っていく。。。

 

これぞ、ホメオスタシスの法則(笑)

 

そして、またしばらくすると

 

「このままでは、いかん!いかん!」との思いが沸々とわき上がり、

 

足が本屋に向かう。

 

 

 

どんなにパワーを注入しても、エンジンを掛けても、

 

肝心の車輪が動かなきゃ、空回りしてふかすだけで終わり。

 

 

 

 

 

ずーーーっと“動く”ことができなくて

 

背中を押してくれるきっかっけやパワーを求めていた。

 

でも、求め続ける内にますます

 

“動く”ことがより特別なことに感じられ、動けなくなっていったのかな。

 




 

ふと、そんなことを考えた丑三つ時。

秋の気配を感じるこの頃。
 
ふと高校一年生の秋を思い出す。
 
ある朝、風邪でもないのにクシャミが止まらなくなった。
以来毎年、朝の立て続けのクシャミ攻勢に、秋の訪れを感じるようになった。
 
 
春は特に異常はないため、何かしら秋特有の花粉かハウスダストなのだろうと思った。
 
ところが年に一度のクシャミシーズンがいつの頃からか通年になった。
 
クシャミが止まらないならば、せめて可愛くクシャミをしてみようと、いろいろバージョンを変えてチャレンジをしてみた。
しかし、あのモゾ痒さから引き起こされるパワーは強烈で「クチュン」としたくても、全くもって収まりきらない。
「ハーックション」を「ほぅえっくしょん」にするのが精一杯。
 
ある時のこと。自宅で妹が友達と電話をしてる最中にクシャミ波がやってきた。そこで頑張って「ほぅえっくしょん」に留めてみた。そしたら、その友達は妹にこう尋ねてきたらしい。
 
「あれ?犬飼ってたっけ?」犬
 
 
以来「ほぅえっくしょん」は封印した。
 
 
いや、クシャミの話をしたいのではない。
話を戻そう。
 
 
クシャミはもちろんだが、それより頻度を増したのが、鼻がモゾモゾ痒くなること。
 
やはりハウスダストか?
花粉症か?
 
しかし血液検査をしても、ハウスダストと杉に対してアレルギー反応は見られるものの、ごくごく低レベル。あまりに症状と乖離している。
 
鼻水が止まらなくなると、ひどくなれば今度は鼻づまり。
 
いつしかクシャミ、痒み、鼻水、鼻詰まりと、鼻のオールラウンドな不快症状は慢性的になっていった。
 
年々症状はひどくなり、特に一昨年は春の時だけだった鼻血が、季節を問わず認められるように。
 
 
かなり重症だった。
 
 
その症状が昨年、食生活の改善で劇的に改善した。
 
原因は食物アレルギーだった。
 
卵が体質に合わないらしい。
通常の検査では異常は出ない、いわゆる遅延型。
 
一時期、タンパク質摂取のためにと、卵を毎日のように摂取していたことがあったが、それが鼻のコンディションを悪化させていたらしい。
 
最初は半信半疑だったが、卵を絶って1ヶ月後のこと。
 
沖縄料理店で友人とランチをした際に、どうしても誘惑に勝てず、ゴーヤーチャンプルーを少しばかり食べてしまった。卵の部分は少なめに取ったし、これくらいなら問題ないだろうと。
 
するとその日の夜のこと。
 
いきなり鼻がもぞもぞしだしたと思ったら、鼻水がタラーッガーン
 
その時にはっとした。
そういえば、ここ最近は、鼻の不快症状がおさまっていたとに。。。
 
久々の不快感を味わって、気づいたのである。
 
以来、大好きなカルボナーラを作る機会は激減。
でも卵料理は好きなので、その後の鼻の不快症状も盛り込み済みで、卵を食べる時は心して堪能することにしている。
 
原因が分かったことですっきりした鼻問題だけれども、まだまだ未知なるアレルギー物質はあるらしい。ちょっと体調が落ちると、卵を摂取していなくても、鼻がウズウズすることがたまにある。
 
敏感肌ならぬ『敏・感・鼻』。
 
いまや鼻の状態がバロメーターになっている。
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いま大々的な断捨離続行中。

 

引っ越しかと勘違いしてしまいそうになるほど

部屋の中の物という物をひっくり返しては捨て、
ひっくり返しては捨て。
 

すると片付けてスッキリしたはずのコーナーが


また急に重く感じるようになり、再び断捨離し直して。  

そんなこんなの断捨離で、

開かずの間と化していた本棚の死角コーナーにも
着手した。


 

するとイタリア語を習い始めたころのテキストやノートが出てきた。

 

イタリア語のテキストに関しては、

時々自分の語学レベルに合わせて断捨離してはいたのだが、

習い始めたころのものは思い入れが強く捨てられずにいた。

 

文法の基礎だから、いずれ見直すこともあるかも知れないし!って

もっともらしい理由をつけて。

 

 

でも、結局見直すことなんてなく。。。

 

 

 

だから今回、思い切って処分することにした。

 

 

 

テキストに関しては、客観的に見て

もう役目は充分果たしてくれたと思えたのだけど厄介だったのが、ノート。

 

 

とりわけイタリア語学校に通い始めたときの

記念すべき1冊目のノートは、


初々しいまでにとってもきれいな字で丁寧に書いていて

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先生に言われたことやホワイトボードに書かれた説明を

ワクワクしながら書き留めた感覚が
昨日のことのように蘇る。
 

 

 

イタリア料理好きという食い意地だけで始めたイタリア語。

 

いざ学び始めてみたら、

抑揚ある響きがとても耳に心地よくすっかり虜に音譜

そしていざ話せば、まるで歌っているような開放感
 カラオケ

 


というわけで、週一のイタリア語スクールは、

ストレス発散の場でもあり、エネルギーチャージの場でもあり、

私にとっては絶大なるパワスポだった。

 


こんな調子だから、本国イタリアに行ったときの興奮たるや!

 

四六時中、イタリア語のシャワーを浴びられるだけでテンションMAXアップ
住んでいたら辟易するようなトラブルも、

 

旅レベルならば絶妙なスパイスだし(笑)。

 

日本では決して稼働することのない

 

第3エンジンがフル回転するとでもいったらいいか。

 

それくらい、普段は眠っている自分の中の何かが

シャキーンと覚醒する感覚だった。

一時は毎年のようにイタリアに行っていたなあ。

イタリア語を習い始めたのは

ちょうど20年前の秋。


以来、イタリア語&イタリアを通じて、いろんな出会い、経験ができた。

エンタメのライター職に就けたのも、

イタリア語を学んだことが大きく影響してるし。(この話は、いずれ)

 

 

今の自分はイタリアなくして語れない。


 

でも一端、イタリアから離れてみようと思う。

 

 

 

非日常の延長にあるイタリアは、私にとって長らく理想の国だった。

 

 

 

でも、今の自分は、地に足着けているココで楽しく生きていきたい!!

 

今いるココで充実した生活を送りたい!!

 

 

 

だから、イタリアに、しばし別れを告げる。

 

 

 

Grazieed Arrivederci パー




と書きながら、今後、

過去のイタリア旅行についても

時々アップ予定(笑)。

写真の整理をしていたら

旅のメモが出てきて記憶が鮮明に。

友人たちに「持ってる!」と言わしめた

笑えるネタが結構あるのです。

ビターチョコにはまりだしたきっかけは

フィレンツェのカフェで食べたチョコだった。

ミケランジェロ広場からオレンジ屋根一色のフィレンツェの景色を堪能した私と友人は、

そのまま歩いて市街地へ。

休憩場所を求めBarを探していたら

パープルの照明がかったクラブっぽい雰囲気のBarを発見。
こんなお店もあるのかと入ってみたら、当時なかなかのホットスポットでした。


カプチーノを注文すると、3センチ四方ほどの正方形のチョコが2枚、添えられていた。
早速一つ、食べてみると、濃厚なカカオの香りが口いっぱいに広がりオイシイ!!


包みを見てみると数字で「75%」と書いてある。
カカオの含有量のパーセンテージだった。
ちなみに、もう一つの包みは「60%」。

当時、カカオ%という表記は見たことがなく、
カカオの含有量別にチョコが売られていることに驚いた。

そしてここまでビターなチョコも初体験。
日本でもビターチョコを好んで食べていたが、その比ではない。
口溶けよく繊細に加工された日本のチョコとは違って
ちょっと荒削りなようにも感じてしまうカカオのインパクトが直球でやってくる。

すっかり虜になった私は早速、店員さんに、このチョコを買えるか聞いてみた。

するとオーナーらしき男性がやって来た。
なかなかのイケメンで、ちょっとテンションUPドキドキ(笑)

チョコがおいしくてびっくりしたと改めて話すと
男性は「そうだろう!」と言わんばかりのしたり顔。

何でも彼が、このチョコを個人的に気に入り、お店で出すことに決めたのだとか。
トリノ発のチョコで、この企業の関係者と個人的につながりがあるようなことも言っていた。
店で販売はしていないとのことだったので、販売店をたずねると
男性は早速電話で問い合わせてくれた。

しかし、近くに購入できる店はないとのこと。

すると、彼はちょっと考え込んだ後「うちのチョコを売ってあげるよ」と言って
店の奥から、在庫のチョコをあるだけ持ってきてくれた。

意外な展開に戸惑っていると

「好きなだけどうぞ」と彼。

控えめにと思いつつ、でもいつ食べられるか分からないから

ほんとは全部と言いたい。

おそるおそる「ほとんど全部…」と言ってみたら

あっさり了承してくれた。

そのチョコのメーカーはVenchi」

「ヴェンキ」と発音します。

一度聞いたら忘れられない名前ですよね(笑)

明治屋などの高級スーパーでこのメーカーの一部のチョコは購入できていましたが、
今回投稿をするにあたって、現在の販売状況をネットで調べてみたら
今や日本でもフツーに買えるようになっている。
しかも、私が気に入ったこの正方形タイプのチョコは
イタリアで買うか、個人輸入するしかなかったのに
アマゾンで買える(コチラ )。。。拍子抜け。





時代の変化にあらためてビックリです。


と、ふと書きながら気付いたのだけど、
当時はインターネットがほとんど普及していない時代。

今の時代に、もし同じように店を訪ねていたら

このエピソードは生まれなかったはず。

なぜなら店員さんに聞くまでもなく
私はきっとスマホを取り出して調べていたからです。


インターネットの普及で随分便利になり、その恩恵も十二分に受けている。
分からないこともサクサクと情報を拾え
普段会えない遠方の友人とも簡単につながれるし
新たな人とのつながりも次々にできている。



でも、その分、こうした人の温もりを感じられる直なやりとりの機会が
減ってしまっているんですよね。


ちょっと無機質な感じがしてさびしい。


話はそれましたが。。。

今では日本でも手軽に購入できるようになった「Venchi」チョコ。
ちなみに日本で発売される商品は日本語名がローマ字読みの「ヴェンチ」となっています。
本場の発音をそのまま持ってきて展開する輸入食材が多い中、明らかに不自然。
やはり言葉の響きに問題があるからか。


本場風に言いたい場合は、下唇をオーバーなくらいにかんで「」と発音してくださいね。



文章を書く仕事に関わっている人なら

避けては通れない問題、赤字あせる

書くだけでブルーになる(_ _。)


ある日、ぽろっと出てくるんですよね。


出来上がった掲載誌を見た時に気付くこともあれば

関係各所や読者から指摘が入ることも。

本当に顔面蒼白になります。

激しく自己嫌悪に陥ります。


人間、常に100%完璧にできるわけではない。

だkら他の人の目も経由しているはずなのですが

不幸に不幸が重なって起きてしまう。



その原因はこれに尽きる。

思い込み


世の中の仕事のトラブルの源も結局これですよね。
本当に厄介です。


得てしてミスが起きる時は、バイオリズムでいうと調子に乗っている時に起こりがちでした。

しっかり確認したし、やるべきこともやったしという自分なりには達成感を感じている時
ガツーンとくるのです。


これは、あくまで私の経験を通して思うことなのですが

大抵、問題になった箇所をよくよく見ると
作成当時、何かしらの引っかかりを覚えていることが多いです。

なんとなく気になる、なんとなくその箇所のフレーズが頭に残る。
本当になんとな~くで、違和感と認識できるほどではない。

これは、ひょっとして無意識下でミスを拾っているということなのではないか。

でも自分としては間違いは見逃していない、しっかりできているという前提でいる。
つまり、そういう思い込みのフィルターで見ているため
折角拾っていたミスをミスとは思わずスルー。


文字校正をする時は、努めて機械的に見るようにしているのだけど
ついつい、いつの間にか思考が邪魔をし、思い込みフィルターがオンに。

これをうまく外すには、どうしたらいいのだろうか。


その答えは未だ見つからず。。。


入浴中、ふとそんなことを思ったら眠れなくなり
神経高ぶる朝の4時( ̄▽ ̄)