優しさを発動するとき
ちょっとお腹に力を入れたり
微かに覚悟を決めたりしなければならないことがあります。


優しくする、ということは
それ自体は目的にはなりません。
たとえば、相手の力になりたいとか
相手を育てたいとか、守りたいとか、
そうした最終的な目的があってはじめて、
その通過点として、優しさが立ち現れます。


ですから、本当に優しくしている人は
自分が優しくしているという意識がないのかもしれません。
ひたすら、相手のためのなにがしかを目標として意識しているわけで
「優しくしよう」なんて、思っていないんだろうと思います。

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『相手の力になりたいとか相手を育てたいとか

そうした最終的な目的』


そう思ってやってても、もちろんそれがやさしさなんて思ってないけど

でも、うまく伝わらないこともある。

そこには、相手に優しさと伝わる手段を用いなくては

ならないのかな・・・と思ったりもする。



1週間遅れですが・・・

そして、ちょうどそんなことを考える先週だったな。

と思ったりして。