緊張しながらも、大きなミスをすることなく、私は無事に撮影を終えた。
休憩用のテントの下で、私は用意されていたパイプ椅子に座る。
(なんとか終わって良かった……)
翔「おつかれさま」
雛「あ……おつかれさまです」
翔「オレも休憩なんだ。隣、座ってもいい?」
雛「はい、どうぞ」
(人ごみから助けてくれた時から感じてたけど…人気アイドルなのに、気さくで優しい人だなあ…)
翔「コーヒー飲む?」
雛「コーヒー?」
聞き返した私の目の前に、スっと缶コーヒーが差し出される。
翔「どうぞ」
雛「ありがとうございます」
受け取った缶コーヒーを両手で持つと、手の中にふわっとしたぬくもりが広がる。
翔「そこの自販機で、今買ってきたんだ」
(わざわざ買ってきてくれたの……?)
翔「早く飲まないと冷めちゃうよ」
雛「は、はい……いただきます」
缶コーヒーのプルタブをあけると、湯気と一緒にほろ苦い香りが上がってくる。
翔「撮影はどうだった?」
雛「緊張しました。それに……出演者の皆さんの足を引っ張ってしまった気がして……」
(私の演技、ひどかっただろうなあ……)
翔「そんなことないよ。すごく頑張ってた。なんか、オレのほうが勉強させられたっていうか……」
雛「え……?」
翔「キミが頑張ってる姿を見てたらさ、自分が初めてドラマに出た時のこと思い出してさ……
なんか初心に帰ったっていうか……」
そう言って、桐谷さんはコーヒーの缶を指ではじく。
翔「温かいコーヒーも時間が経つと冷めてくみたいに、オレもいつの間にか忘れてた事があったんだなー、って」
(……優しいだけじゃなくて、すごく真面目な人なんだ……)
微笑みながら、真剣な目で話す横顔を私は見つめた。
翔「だから、今の気持ち…… ずっと大切にした方がいいよ」
雛「……はい」
胸にじんわり染みてくるあたたかさを感じながら、私は缶コーヒーに口をつける。
その時、少し離れたところから声が聞こえてくる。
ファンA「なんなの、アイツ。さっきから翔になれなれしい。」
(え……)
ファンB「ニヤニヤしてムカツク~」
数人の女の子が、私をにらみつけている。
(……桐谷さんのファンだ……)
彼女たちの突き刺すような視線に、私はうつむいてしまう。
翔「大丈夫だよ」
ボソっと、優しい声が囁く。
(え……?)
翔「ポン太さーん!」
ポン太「お呼びっすか?!」
ドスドスと音をたてて、ポン太さんが走ってくる。
翔「ねえ、彼女のマネージャーさん、まだ来てないの?」
ポン太「まだお見えじゃないっす」
翔「じゃあさ、いつまでも引き止めちゃ悪いし、事務所まで送ってあげてよ」
雛「そんな……大丈夫です!」
翔「ダメ。心配だから」
雛「……」
(私のこと、心配してくれるなんて……)
翔「いいよね?」
雛「……はい」
ポン太「じゃあ、わたくし監督に伝えて来るっす!」
そう言って走り出そうとしたポン太さんに、さっきのファン達から悪意に満ちた言葉が投げつけられる。
ファンC「なにあのデブ!翔の周りウロウロして目ざわりなんだよ!」
その声が耳に届き、ポン太さんはギュっと拳を握りしめ、うつむいてしまう。
雛「……ひどい」
私はとっさに立ち上がっていた。
ポン太「雛さん、いいんです」
ファン達に向かって歩き出そうとする私を、ポン太さんが止める。
雛「だって、あんな……」
ポン太「よくあることっす」
雛「でも、ポン太さんは一生懸命お仕事してるだけなのに、あんな言い方……」
ポン太「お気持ち、ありがとうございます。でも……わたくしの仕事は、撮影を円滑に進めることですから。」
ポン太さんは、監督のところに走っていった。
翔「優しいんだね」
雛「いえ、優しくなんてないです……ただ他人の気持ちを考えない人は嫌いです」
翔「ううん、優しいよ……雛ちゃんは」
(……あれ?今、名前で……)
雛「桐谷さん、今……」
翔「あ、ストップ……翔って呼んで? 雛ちゃん」
雛「……しょ、翔……くん……」
消えそうな声でそう呼ぶと、翔くんは笑う。
その優しい笑顔から、目が離せない……。
ポン太「雛さん、ちょうど今マネージャーさんが到着されたっす!」
ポン太さんの声でハっと我に帰り、私は慌てて立ち上がる。
雛「それじゃあ、失礼します」
翔「あ、敬語もやめてよ。もっと……雛ちゃんのこと、知りたいから」
(そんなこと言われたら……)
困り顔になってる私に、翔くんは右手を差し出す。
翔「今日はありがとう。 またね、雛ちゃん」
雛「は……う、うん。 またね、翔くん……」
握手した翔くんの手は、大きくて温かかった。
迎えに来てくれた山田さんと一緒に、私は事務所へ向かった。
雛「今日は、勝手なことをしてすみませんでした」
山田「大丈夫だ。取材は別の日にずらしてもらったし
何よりもwaveの桐谷翔のドラマに出られるチャンスなんて滅多に無いからな」
山田さんと話をしていると、社長が入ってくる。
社長「雛ちゃん、おつかれさま。今日は大変だったみたいだね」
雛「おつかれさまです!今日は……すごく良い経験ができました」
社長「ハハッ、それは良かった!」
豪快に笑い、社長は私の向かいのソファーに腰をおろす。
社長「ところで雛ちゃんにビッグニュースがあるんだ」
雛「ビッグニュース?」
社長「waveの冠番組に雛ちゃんの出演が決まったんだよ」
雛「waveの?!」
社長「ああ、新人アイドルのゲストが何人か出るんだけどね、その中の一人に選ばれたんだ」
(waveの番組に、私が……?)
社長「衣装はアイドルらしく、ワンピースなんていうのはどうかな?山田くんにちゃんと用意してもらうようにね」
雛「は、はいっ!」
(waveの番組に出られるっていうことは……また、翔くんに会えるんだ……)
