オススメ最新作(※ネタバレあり)
“たゆたう”
この映画を観ながら、そんな感覚になりました。
映画を観るというより、作品の中に、空気に、物語の中でたゆたう。
それはなんとも言えない、得難い心地良さに溢れてました。
今年のランキング上位に入りそうな作品に出会えました。(嗚呼、嬉しい。幸せだなぁ)
奇をてらわず、丁寧な物語と人物描写でここまで人を魅きつけられるという事を大きく示した一作です。
『夜明けのすべて』
(2024)
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■『夜明けのすべて』あらすじ
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PMS(月経前症候群)のせいで月に1度イライラを抑えられなくなる藤沢さんは、会社の同僚・山添くんのある行動がきっかけで怒りを爆発させてしまう。
転職してきたばかりなのにやる気がなさそうに見える山添くんだったが、そんな彼もまた、パニック障害を抱え生きがいも気力も失っていた。
職場の人たちの理解に支えられながら過ごす中で、藤沢さんと山添くんの間には、恋人でも友達でもない同志のような特別な感情が芽生えはじめる。
やがて2人は、自分の症状は改善されなくても相手を助けることはできるのではないかと考えるようになる。
(映画.comより)
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■全体評
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温かく、そして救いのあるお話。
その救いや希望が押し付けがましくなく、自分も手の届きそうな感じがするのがいい。
また、それがゆったりと提示される感じも心地いい。
会話のトーンや、言葉の尻切れ感がとても地に足が着いており、昨日や今日に同じような会話を自分がしたかもしれないと思える。映画との距離感を近く感じられる作品です。
ちなみに本作、ラブストーリーではありません。
タイトルやポスターだけだとそう捉える人も多いかと思いますが、生きにくさを感じながらも自分の人生を歩んでいくふたりの主人公がいて、彼らの日常をゆったりと描いたヒューマンドラマです。
最初は距離があったふたり。
それぞれ事情を抱えながらも生きていた。
365日ずっと辛い訳じゃない。
でも生きにくさの方が勝ってしまう、そんな人生。
そんな二人が、自分を助けることはできないけど、自分の近くにいる人なら少し助けられると、ベクトルを変えることで物語がグッと色づいていく感覚があります。
※画像
少しずつ同僚として気心知れた存在になっていくその過程、やはりそこに本作の魅力が詰まってます。
そんな本作の魅力的な描写やポイントを、たくさんあるうちからいくつか切り出して紹介したいと思います。
■大好きなシーン:やっちまった藤沢さん
これは映画観た人の多くが好きだと思いますが、映画が動き出すシーン。
パニック症候群のため電車に乗れず、美容院や床屋に行けないので家でひとりで髪を切ろうとしてた山添くん。
そこに居合わせた藤沢さんが切ってあげようとするものの、案の定失敗しちゃうという一連の流れ。
ここが良かったなぁ。
何かが始まりそうな、いい方向に変わっていきそうな予感やワクワクを感じました。
いやー、それにしても藤沢さんの不思議な人物像。
距離のある後輩の家に行って自転車をあげると言って、さらには自分できるの大変だから髪切ってあげるよと言って家に上がるというw
この辺りの大胆さや過ぎた老婆心みたいなものが、この藤沢さんという人物をよく表していますよね。
(映画の後半で山添くんの彼女にバッタリあった時も、初対面なのにお守りをどうぞって言えるあたりとかも正にそう)
でも、そのおかげで髪バッサリ事件が起きて、二人の人としての心の距離がグッと縮まる訳です。
こういう起爆剤ってあるよなーというか必要だよなーと思います。
それがたまたまあることで、並行線を辿っていたかもしれない人同士が思わぬ関係性への扉を開いたりするものです。
(というか基本的には他人って何かきっかけがなければ流れていってしまうものですよね)
こういうのっておそらく形を変えて、多くの人の人生や日常で起きていることではないかと思うのです。
なので体感や体験として理解できる展開な気がしています。
■大好きなシーン:描かない描き方
藤沢さんが体調悪くなって早退した際、山添くんが忘れ物を届けにきてくれます。
好きなのはその後。
藤沢さんはほんのちょっぴり元気になってベランダで伸びをし、山添くんはもらった自転車で会社に再び戻っています。
その場面で(LINEなどでしょうか)お互い何かスマホで連絡しあうんですが、どんなやり取りをしたのかは描きません。
でもそのスマホを観るそれぞれの表情でそのシーンは完結しています。
この詳細を映さないのがいいんですよね〜〜〜。
詳細は分からないけど、きっと気の置けないやり取りをしたのだろう、というのが表情でわかります。
このような、こちらの想像力に委ねてくれる演出が一部あると、自分にとってその作品が豊かになるような気がします。
■大好きなシーン:イジり合い ならぬ イジり愛
映画の後半、気心しれたふたりが、お互いにPMSとパニック症候群をイジり合うシーンがあるのですが、そこがきゅんきゅん来るんですよねぇ。
「いや、自分パニック症候群なんでw」「パニック症候群の人って土日も働きたくなるの?」etc.
当事者で且つ気心知れた仲だから言えるジョークとなっており、ユーモアあり温かみあり、ドラマが進んでいることを示すとても良いシーンだなと感じました。
■音楽
映画冒頭からかかるBGMが素晴らしい!
おそらく本作のスコアとしては、その冒頭の1曲しかないのではないでしょうか。
劇中で繰り返し繰り返しかかります。
映画を観終わった後、脳内にその音楽がずっと流れてる、それくらい印象に残る楽曲でした。
決してメロディアスなものでもないし、どちらかというとヒーリングミュージック的な側面もありそうなスコア。
それでも映画の雰囲気を的確に捉えて音にしており、映像や物語との相乗効果もあって、観客の耳と心を捉えて離さないサントラになっています。
あー、iTunesにもYouTubeにもないのが残念・・・。
公式ではないですが、同じくこの楽曲に魅力を感じた方が完コピされている動画を見つけたので貼っておきます。
未見の人には、この映画はこういうリズムのこういうテンポの作品ですと言うのが一番伝わるかもw
■キャスティング
いやー、脚本と演出の上にこれだけ巧い役者さんたちが乗ったら、そら名作になるわな、という感じです。
藤沢さんを演じた上白石萌音、本当に稀有な存在ですよね!
少なくとも見えてる範囲で、本当に素敵な人柄なんだろうということ。
歌ウマすぎ。
演技もうますぎ。
ビジュアルや存在感、空気感含めて唯一無二。
最強だわ。。。
気を使いすぎるほど気を使う人なのに、PMSで突然の感情の爆発を抑えられず、ずーっと周囲との関係値のチューニングをしている。
気を遣いしぃなのに抑えられない感情をぶつけてしまって、またさらに気を遣い萎縮する。
そんな負のスパイラルに陥りながらもがく藤沢さんを、まさに”体現”していたと思います。
そして山添くんを演じたのは松村北斗!
私個人は今回この作品でほぼ初めましてとなりました。
いやー、役柄についての理解が深くて、脚本からの再現度とか表現度が高いんだろうと想像させる役者さんです。
「今のような職場にいるのも本当はプライドが許さない。
しかもそこにいる同僚の女性から自分の病を同列のような捉えられ方をするのも少し癪に障る。」
言葉にはしていないけど、確実にそう思っているであろう態度を、台詞の言い方一つ、表情ひとつで表現し切っていました。
お見事でした!
そのほかのキャスティングも完璧!
こんな職場あったら良いなーと思わせる「栗田科学」の社長は安定の光石さん。
山添くんをつかず離れず見守る元の職場の先輩役に渋川晴彦さん。
PMSの症状が出た時に柔らかく藤沢さんのケアをし、後日、本人から周囲へのお詫びの品の申し出に「こういうのは決まりになっちゃうと良くないからいいのよ」と気遣いつつ、でももらえて嬉しいと前向きなリアクションをしてくれる副社長で経理の住川さんを演じた久保田磨希。名脇役すぎました…!!
出てくる子役たちもよかったですねぇ。
前述の住川さんのお子さん・ダンくんと、彼と同じ部活の柳沢さん、渋川晴彦演じる辻本さんの息子さん。
彼ら全員がこの親にしてこの子あり、の雰囲気を纏って主人公ふたりをとりまく温かい空気を形成してました。
改めて、役者さん全員素晴らしかったです。
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■あとがき
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物語のラストに、藤沢さんは故郷に戻って働く選択をしますが、その転職が決まったことを山添くんに伝えてサラッと「お、よかったっすね」と返すやり取りがすごくジーンと来ました。
なんとなくそこまで頼れる相手がいると、今度はその存在がなくなった時のダメージの大きさや、前の状態に戻ってしまうのでは?というのを危惧してしまってました。
物語中盤から藤沢さんが転職活動をしている様子が差し込まれるのですが、それを伝えた後にショック受けて…というひと波乱が待ち受けているのでは…とすこしドギマギしながら観ていた自分がいます。
でも、藤沢さんという存在がいなくなったとしても、山添くんにとっては「栗田科学」が拠り所や「場」になってるという、彼自身が一歩前に進んで生きやすさを手に入れてるというのを、あの「あ、よかったっすね」というカラリとした温度感が伝えてくれてました。
いやー、好きです、この映画が。
ワタクシ、なんとなーく癒しが欲しい気持ちになった時に『海街diary』を観るのですが、この度、そこに今作が加わりました♪
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■予告編
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