前回書いた、罪の告白ですが、現在の懺悔室に入って罪の告白を行う茶番は形を変えた完全な後付け設定です。

 

 

原始キリスト教では、キリスト教徒たちはたがいに語り合い、疾病や死の床で慰め合うものでした。そして死の直前には、自分の罪を告白し、魂を軽くするというものでした。ところがキリスト教が布教され、信者が増えてくると、キリスト教の会衆の名誉を守る必要が出てくるようになりました。

会衆とは特定の目的または活動のために集められた信徒集団のことなのでキリスト教の会衆=キリスト教徒の集団ですね。

会衆のメンバーが不信仰、不貞節、殺人を犯した場合には、会衆の面前で公的に罪を告白し、改悛し、行いを改めたことがはっきりとわかるまでは、会衆から排除されるものでした。つまり、罪の告白そのものが公にされるということで情報共有されるまさにフルオープンなわけです。

司教の制度ができてから250年の間は、教区の管轄の司祭が、会衆における告解の問題を処理し、告解をした罪人の特別な祈りと役務、屈辱と改悛の業を定めていました。



ところが教会で公的に告解することの辛さと、それによるスキャンダルを避けるために、それぞれの教区ごとに、告解司祭を任命することが望ましいと考えられるようになりました。教会税の無駄づかい…。罪人はまず告解司祭のもとで告白し、告解司祭は罪人に、会衆の前で告解するか、それとも秘密を守るかを指示するのです。
結局のところ、罪の内容がすごく恥ずかしい内容のこともあるわけです。

 

キリスト教徒の集まる公の場で

「私は罪を犯しました。私は隣の奥さんの下着を盗みました。」なんて言ったら、

 

え?あそこのご主人、隣の奥さんの下着を盗んだんですって…ヒソヒソ

 

ってなるわけですよ。
いつの時代もゴシップは盛り上がるものです。

そういうわけで、公的に告解することは辛いと思う人もいたようです。

ところが500年以降に、告解司祭が廃止されました。どうも大きなスキャンダルが起きて、正しい指導が行われなかったらしいです。この後は告解の管理はすべて再び司教に委ねられることになりました。5世紀から、罪人の感情が重視され、罪人は公的な場で告解するのではなく、書面で公的な告解を提出し、これを教会の役員が会衆に発表する方式が採用されるようになっていきました。

しかし7世紀初めには、公的な告解も私的な告解も、まったく行われなくなりました。そして8世紀には、告解書が定められ、生涯のすべての罪が定められ、95の問いで信者を吟味する方式が採用されました。自主的な告解がほとんど行われなくなったということです。

9世紀には、私的な告解と私的な改悛が一般的なものとなっていきます。十字軍に参加すれば、すべての罪が許されるとか、巡礼に出掛けると罪が許されるという教皇によるインチキプロパガンダも生まれました。

そして1215年に、ラテラノ公会議が開かれます。公会議とはキリスト教において全世界の教会から司教等の正規代表者が集まり、教義・典礼・教会法などについて審議決定する最高会議ことです。

公会議が開かれる=邪な動機でキリスト教の信仰が捏造されると考えればわかりやすいと思います。公会議のトップは誰か?

 

ローマ教皇です。

 

この時のローマ教皇は誰だったのでしょう?このラテラノ公会議、最近書いた覚えがありますね。

 

インノケンティウス3世

 

滝汗滝汗滝汗

 

インノケンティウス3世については過去記事にも書いています。教皇の全盛期を築いた人物です。

 

 

 

結局ローマ教皇に盾突くものは全て異端、破門なのです。

公会議というのは、ローマ教皇の利権のために開かれるのです。大半はローマ教会側に後ろめたいことがあってそれを誤魔化すために開かれます。ラテラノ公会議は腐敗したローマ教会を正当化させるために開かれたようなものです。

 

この公会議では年1回の「告解」を復活祭の頃にかならず行わなければならないと義務づけられました。

こうなった理由は、当時カタリ派と呼ばれるキリスト教の一派が大流行していました。この一派の対処が公会議で議論もされたわけです。ローマ教会はカタリ派を異端としました。

出口治明さん著『「全世界史」講義 I古代・中世編―教養に効く!人類5000年史』から引用します。

 

カタリ派の勢いはなかなか下火になりません。 それというのも、当時のローマ教会の贅沢ぶりやモラルの乱れが、庶民の怒りを買っていたからです。 「ローマ教会は腐った入れ物」であり、聖書こそが正しいというカタリ派の主張は、圧倒的な説得力がありました。ローマ教会は、危機感を抱きました。そして全ヨーロッパの司教や司祭たちに、「信者の言うことは何でもよく聞いて親身になって相談にのるように」というお触れを出しました。そして「耳聴告白制」という制度を確立したのです (一二一五)。

教会内部に特別のスペースが設けられ、信者たちは、司教や司祭と顔を合わせることなく、自分の悩みや罪について相談できるようになりました。幕やシャッターで仕切りをして、若い女性の信者も安心して相談できるように配慮したのです。声だけが聞こえる身の上相談室です。 この制度は、信者たちに歓迎されました。秘密を一人で心に秘めておくのは誰でもつらいものですから。

ところで、一人ひとりの信者は、自分ひとりのこととして告白するわけですが、みんなの告白を統計的に分析すると、その村や都市や国全体で、何が起こっているかがよくわかってきます。

君主の評判はいいのか、領主はいい政治をしているのか。 つまり、耳聴告白を集大成すれば、高度なスパイ網として機能するのです。 ローマ教会は、この制度を活用します。

どこかの君主が教会に無理難題をふっかけてきたとき、例えば、次のように囁くことができるようになったのです。

「あなたは実は愛人を何人も囲っていますね。このことを貴族のみなさんにばらしてもいいのですよ」

豊富な情報を手に入れることで、ローマ教会の政治力は飛躍的に向上しました。

ちなみにカタリ派…聖書に立ち還ろうというのも聖書がそもそも改竄されたものなので頭のネジが抜けています。ローマ教会が腐敗しているのは正しいですけど。

 

あの懺悔室で罪の告白を行うという手法はこの耳聴告白制の導入によって形になりました。

 

 

これはローマ教皇の謀略や陰謀に利用されたので、匿名性も個人情報もへったくれもないです。この耳聴告白制の利点を異端裁判所を設置した悪名高きグレゴリウス9世は最大限利用しました。ただただ個人的な恨みを晴らすために…。

 

 

そういうわけで、今日のキリスト教の儀式や習慣といったものはほとんどが後付け設定でありその動機がローマ教皇による利権がらみです。

突き詰めれば金に行きつきます。

 

腐敗したローマ教会を正当化させてしまったらどうなるか。

更に腐敗が進みますね。15~16世紀のローマ教会なんて最悪です。

また、この罪の告白においても、堕落した司祭も出てくるわけです。信徒から下ネタの告白を聞いているうちに司祭がセクハラに走る場合もありました。

 

「あなたの声は神に届きました。神の遣いである私の言うことを従順に聞きなさい。今すぐにあなたはその服を脱ぎなさい、神の思し召しです。」こんなことをやるクソ神父もいたわけです。

こんなことをやれば当然破門になりますが、結局悔い改めれば救われるのだから何度もやってしまいますよね。聖職者も結局は人の子ですので。

 

罪の告白もご都合主義で利用できてしまうのです。

全ての宗教が腐敗しています。宗教は存在してはいけなかったのです。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

脳内麻薬が消失した2023年4月7日よりオンラインサービスを開始しました。

速読サブリミナルが大好評となっています!波動体感準備講座、基礎講座開講しました!

人生を変えるための第一歩を踏み出しましょう!