ヨーロピアン風なバーベキューセットを買って
田舎屋のある福島の家で、友達とか近所の人とか誘って、
イタリアからはトスカーナ牛肉を密かに持ち込み、
福島牛も沢山買って、庭でとれた母が作った夏野菜で
バーベキュパーティー開こうと考えていた事を今、思い出した。

うちの父がそういう手間と気を使う事が大嫌いなので
一応家主の父にお伺いを立ててたんだけど、すぐには
返事なし、、

2011年の正月は、私は絶対に
福島の別宅で過ごしたかったし、
一人でも日本に帰ると思っていたけど
そうそう大将を一人にする訳にも行かず、
「人生最初で最後、うまい近海の魚があるから
年末一人じゃ嫌なら福島に一緒にくれば」
と大将を誘ったけど、本当に最初で最後になるとは
思ってなかったな。

大将が居る事でしごくご機嫌な父親は
「俺は参加しないが、開催する事はよしとする」
という返事をくれた。

今年の9月には実現するはずだったのに
たぶん、もう永遠にそれは出来ない。

フクイチがある事で、世間一般的には恩恵を受けてたから
自業自得だとか、文句は言うな、、とかそんな声を聞く。

福島県民=フクイチのおいしいところとって楽してた。

政治的にはそうなのかもしれない。
フクイチで働いている人が多いのも事実。
原発管理の勉強をするために集まって来た
沢山の外国人も近隣に住んでいた。

でもフクイチがあるから住民全員がそれに
あまりある恩恵を受けていたとはちょっと思えない。

私の印象は、住民のほとんどが老人で農家や
その土地でとれる魚をとって売ったり
正直、近代文明はやっと最近、近くにやって来た、、
という生活をしているということ。

もちろん暗くなったらする事無いから
さっさと寝る。(私から見てそう思うだけで、彼らたち
にとってはごく普通な生活習慣だと思うけど)
私が思う基準としてフクイチが無ければ、
自然の摂理に従ってとてもナチュラルな
生活を送ってる住民ばかりだった。

今、彼らたちはどこでどんな生活を送っているんだろう
帰りたいと切に願ってる人たちも居るに違いない。

私にとっては人間としての人生の宝、
と思った生活をしていた人々が、一日もはやく
自分たちの家にもどり、一日もはやく
元の彼らたちの生活に戻れる事を祈りたい。

私が生きている間に、あの木の香りがする家に
戻れる事があるのだろうか。
あれから、色々ありました。
人間、日々勉強なんですね。
特に大人な年齢の私といたしましては。。

使用してるマックのハードディスクが破損し、
しばらくアメーバにアクセスできませんでした。
IDとパスワードをどこにも記して居なかったので、、、。

いつの間にか読者さんも増え、
すぐにお返事を書けなかった事を申し訳なく思い、
でもやっぱりコンスタントにブログを更新する
タイプでは無いようで、、、済みません。
最近は外国人友達ともオンラインでつながれる
Facebookが快適でついついそちらで浮気しております。
chinatsu katsumi shimizuの名で登録してますので、
お友達申請大歓迎です。
得意の趣味とする食道楽はそちらでアップしております。

あ、ちなみにTwitterは今でもアクセス不能です。

最近はミラノの食事情も激しく近代化しており
マクドナルドは撤退しつつあるものの
若者の食文化はアメリカ人よりひどいのでは??
と思うような状態ですが、一時期流行した日本食も
ヨーロッパに入る日本調味料の価格の高騰化により
多分ですが、末端のレストランは淘汰されていくのでは
と推測する今、生き延びるための「他には無い何か」
を考える事に日々を費やしております。

日々、料理人と接する事で実感した事は
今の若者料理人は絶対的な食に対する経験が無いという事。
幸いに、彼らの母親が日々、苦心した手料理を食べていれば
味覚のバリエーションもある程度備わっているのですが
そうでない場合、手料理なくせしてレトルトのような
味のものしか作れないという、私の感覚からすれば
あり得ない事態が普通に起こっているのです。
まずは本人が食べた事も無い様なものは
よっぽどイマジネーションがある人ならともかく、
実現不可能、料理の味が整わないとき
彼らたちが何をするかと言えば、
また何かしらの調味料を足すのです。
そして判別不可能なうまくもない怪物的な料理が出来上がる。
「味を引く」という事がわからない。
相乗効果で素材の味をお互い殺しまくってる。
もしくは流行の素材を自分の中でこなせていないのに
見た目の奇抜さで素材の組み合わせをし、
自分が食べた事のない味だから革新的と思い込み(多分)
平気でお客様に出す。

「あなたの実験のために私はお金を払って食べに来てる
訳じゃないのよね」的な店が殆ど。

時代は変わった。私の味覚は間違ってる?と思う事も
あるけれど、食材の魅力を存分に引き出された料理を
まずいと思う人は居ないはず。
基本を知らずして応用は出来ない。

それをどのようにして若手に伝えていくか、、
目下の課題であり、私のプライベートな時間に
どのレストランで食事をしたいか、数少ないリストを
順番にぐるぐるするしか無い今の状況が少しでも
変わる様に何か出来ればと考えたりしています。

まあ、そんな感じでエンドレス。。
地震以降、あまりに色々な事がありすぎて、
ご無沙汰しすぎました。福島の別荘にはもう帰れない事が濃厚
になりなんだか心の何かが欠けたままになっております。。。

どうやら、やっぱりブログ系はコンスタントに更新出来る
タイプじゃなさそうで、、
でも今日は自分の書いた過去のブログに今の自分が励まされた
希有な状況に陥ったので、ちょっと書いておこうかと、、

あんたのポジティブさはある意味脳天気で良い。。
その持ち味を維持しろ!!(笑)
一つの事しか出来ないんだから、迷わず思う存分突っ走れ!!

って感じで、、にひひ

大人になるとめんどくさい事多いね。。
20歳とかの,世間とか全く分かってない時の自分に
アドバイスしてくれてた大人の友達に大感謝です。
皆様、今やっと私は貴方達のアドバイスを身にしみて
実感してます。
愛想を尽かさずに今も友達で居てくれてありがとう。
私もうるさいおばさんと思われようと若者に言う事は
言っとかなきゃ先輩達に申し訳ない。。
特に今の二十歳代の親は私と同年代だもんな
自分の子供じゃなくても、なんだか不憫にしか思えない。
子供を通して親の顔が見える、、
やるせない。。

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最近MちゃんのすすめでFBに登録。
20年ぶりの友人とかにも再会出来ちゃったりして、、
でも日本女史は結婚してたら名字が変わってるのでなかなか
見つけだせないね。でも私の事を見つけてくれた人も何人か
いるから、時間が経てばまた新たな再会もあるのかな?
ちょっとわくわく。

先週は子供の頃からの友達RYOJI IKEDAがミラノでライブ
したので誘われて,もちろん行って来た。
一緒に遊んだりしてた頃から考えるとものすごく時間が
経ってるはずなのに、逢ってしまえばそんなに時間が
経った事なんて忘れちゃう。

もう日本に住んでないからこそ,思い出がパックされて、
逢って懐かしがるんじゃなくて、「今」の話が出来るのは
前しか見てなかった時間を共有していた仲間だからなのかな。。

じじばばになってもこんな関係続けていられたら最高だね。
今週の月曜日に仕事でミラノに友達が来て
出発時に成田で雪が降り、飛行機が遅れたと聞きびっくり。

ミラノも寒かったりするけど、確実に春に向かってる感じが
あったのでその中での雪情報に「大丈夫?日本?」

もともと時間がある限り一つの改善項目に対して
様々な角度から検証をおこたら無い性格が災いして
起きてる間中仕事のことしか考えてません。

周りから聞こえてくる声は、今年の春のファッション先取り
だとか、化粧品はこれがイイだとか。。ウチの旦那が。。とか
仕事をしつつもそんな風に多方面に興味がわいている女史を
見ていると「すごいな」と思います。

単細胞で面倒くさがりの私は、服は流行とは関係なく好きなものが
3着でもあれば永遠にローテーションで着回すし、化粧品は売ってる
お店のいいなりだし、旦那なんか「健康に楽しく過ごしてね」ぐらいで
ほんとうに仕事が優先。

物欲はない。買い物嫌いだからね。
生活必需品は誰かに買って来てほしいい位。

でも最近ふっと思います。
理想の生活って何?

プライベートな時間がほぼ皆無な今、
たぶん、例えばプールに行ったり、友達と会えたり
そんな時間がこの先の為に必要なんじゃないかって。。

でも、なぜかそこに罪悪感がのこる。。

最近、病院通いが続いてて
補助がないと歩けない老人達を見る事が多く、
私は彼女(彼)らの年齢の時に何をしてどこに住んでいるんだろう
とちょっと考えちゃったんだよね。

私の両親は高齢だけど2人とも元気で、
自分たちのやるべき事に楽しそうに取り組んでいる。
私もそうありたいと常々思う訳だけど、
超人の彼ら達を見ていると、自分の凡々な感じに焦りがあったりする。。

ずっと寒かったからちょっとほーぅっとしちゃってたけど、
もうすぐ春だもの、暖めてた事を実行に移すべく
張り切りたい。

(笑)